22話 きみの名
満腹になったら寝てしまい、翌朝になってしまった。
起きたら寝間着になっていて驚いたけど、母さまの仕業だったので無問題。
浄化魔法もかけてくれたらしく不快感もない。
でもお風呂に入らないと気分がスッキリしないのは、元日本人の性だろうか。
このお城には大浴場なるものがある。
テルマエ●マエが起こりそうな、豪華なやつだ。日本に帰ったらどうしよう。
まあそんな恐怖の可能性は忘却して。入浴の楽しみも夜にとっておいて。
目下の問題に取り組もうじゃないか。
朝食を終えた私は子天狼と向かい合う。
「きみの名前なんだけど」
「ガウ」
「当然あるよね? その、ご両親が付けたのが」
「……ガウ」
子どもの狼に向かって幼児が話し掛けるという、なかなかファンシーな光景だと思うのだが、通じているのがすごい。
将来人型になれるからだと私は仮定している。
いつなれるのか調べに行こうと思っていた図書館にも、まだ行けていない。
この後行こう。
「うーん。どうやって教えてもらえばいいのかな。残念ながらきみが何を言っているのか、私には分からないんだよね……」
言語表みたいなものがあればいいのかな?
「ん? あるじゃん!」
丁度ここは私の部屋。
確か幼児向けの教材にそういうのがあったはず。
私には自動翻訳という便利スキルがあったので、使わずお蔵入りになったのだ。
みんなにビックリされたのも良い思い出だ。そりゃ教えていないのに知ってたら驚くだろう。
なんか天才ということで落ち着いたので、事実は黙秘しておいた。
前世の記憶があることも、まだ誰にも話していない。
まあ愉快な話でもないしね……。
「お、あった」
クローゼットを漁っていたら目的の物を発見。
レジャーシートみたいなものに一語ずつ載った、あいうえお表みたいなものだ。
懐かしい。
「あれ? でもこの子が字を知らなきゃ意味ないのでは……?」
言葉が通じるからといって字を知っているとは限らない、よね?
早く気付こうよ私!
シートの上でガクリと四つん這いで項垂れる。
ふりだしかー……と思っていたら、タシタシと前足でシートを叩く音が。
ん? 遊んでるの?
なんとなく子天狼の動きを目で追ってみると。
『わ』『か』『る』
なんと前足で踏んだ文字を繋げたら『わかる』となった。
て、天才だ! 真の天才がいらっしゃった……!
……偶然じゃないよね?
「読めるの?」
確かめる為に訊いてみる。
『よ』『め』『る』
「おお……! すごい! 誰かに習ったの?」
『ち』『ち』
やばい。いきなり地雷を踏み抜いてしまった。
確かお父さんは殺されたと、父さまが言っていたはず。
「えっと……」
ごめんって言うのも失礼かもしれない。何と言えばこの子が傷つかないだろう。
こんな時、頭の回転が悪い自分が嫌になる。
『い』『い』
子天狼は無言になった私に代わり、ポンポンとシートを踏んだ。
「……っ! ありがとう」
思わずぎゅむっと抱きしめる。……やっぱり温かい。
「あ、ごめん! もしかしなくても触られるの嫌、だよね?」
同意もなしに散々モフってしまっていることに、今更ながら気付く。
やばい。土下座必至かもしれない。なんか反応ないし。
リアクションを待ってみると、子天狼は何か考えているというか迷ってる感じになった。
出したり引っ込めたりする前足がキュートすぎる。
それを数回繰り返した後、ゆっくりとシートを踏み進めた。
『り』『り』『な』『ら』『い』『い』
「結婚して!」
首元に抱きついて毛並みを堪能する。もう虜です!
「って、目的を忘れるところだった」
何の為にこれを引っ張り出したのだ自分。欲望に忠実すぎだぞ。
「……あの、まず最初に確認だけど、きみはここに居たいと思ってくれてるって考えていいのかな?」
名前を訊く前に重要な事実確認。
父さまたちがいない今なら、怖い思いもしないから本音が聞けるはず。
ドキドキしていると子天狼は私の質問に迷わず動いた。
『い』『い』
その答えを見てホッとする。
「もしここが嫌になったら言ってね。どこか安全に暮らせる場所を探すよ」
『い』『や』『だ』
「すでに出て行きたかった……!?」
なんてこった。ごめんよ……。
再び項垂れればペロリと耳を舐められる。
「ぅひゃう!」
く、くすぐったい! なに!?
『ち』『が』『う』
「え? 違う? な、何が?」
『り』『り』『と』『い』『る』
『お』『い』『だ』『す』『な』
萌 え 禿 げ る。
無理! もうキャパオーバーです隊長!
謎の隊長に報告を上げながらゴロゴロと転げまわる。酸素不足になるまで止まらなかった。
「……ほ、本題に、入ります」
子天狼にも若干引かれてしまった。もうすまい。多分。
「名前を教えてくれる?」
居ずまいを正し、真剣に問う。
子天狼はコクリと器用に頷き動いた。
『そ』『ら』
「ソラ……?」
告げられたのは体毛と同じ青の名前。
種族名にも入っている名だ。天はそらとも読む。
「……とても素敵な名前だね」
ご両親の愛を感じるのは私の勝手な願望だろうか。
泣きそうになる目尻をグイッとドレスの袖で拭い、改めて子天狼に向き直る。
「私もそう呼んでいい?」
『も』『ち』『ろ』『ん』
私は再び目の前のモフモフに抱きついた。
「よろしくねソラ!」




