21話 悪魔の手腕を見た
「り、リリシア様ぁ……! し、しんっ心配させないで、くださいよぉ……!」
誰だこのグズグズに泣き崩れる大人を連れてきたのは。
兄さまか。
兄さまがキリノムくんを連れて戻って来たと思ったら、三秒でこの状態である。
「ご、ごめんね?」
どうやらキリノムくんも私の血の匂いに気付いたらしかった。
肉切り包丁を手に乗り込もうとしたところ、父さまの気配を感じて思い止まったらしい。調理場の人に総出で羽交い絞めにされたとか。グッジョブ同僚!
「キリノム。鬱陶しいから泣き止め。顔を見せないと何も作らないと言うから仕方なく折れてやったのに、誰が抱きついていいと許可した。殺すぞ」
宣言通り実行に移す兄さま。
キリノムくんの首をへし折る勢いで私から引き剥がそうとしている。
仰け反っている首の角度がやばい。か、軽くホラーだ……。
「いいじゃないですかちょっとぐらい! ていうか、僕よりこれ殺してくださいよ」
「キャイン!」
ガジガジとコックコートを噛んでいた子天狼をぐわっと掴むキリノムくん。
加減も何もない。
幼い身体を握り潰さんばかりだ。
「ちょ、やめてキリノムくん!」
「……そいつに手を出せばリリに嫌われる」
「なんですかその理不尽」
いきなり手を放したせいでボトッと落ちる子天狼。
ふかふかベッドがクッションとなり怪我をすることはなかった。なかったけど。
「キリノムくん嫌いです」
「な、なぜですかっ!? まだ何もしてませんよ!?」
「この子の扱いが酷い。嫌い」
「そんなぁ……っ!!」
雷に打たれたみたいにショックを受けたって許さん! 虐待反対!
「ハッ。残念だったな。料理を置いてさっさと帰れ」
「はい。帰って死にます」
「帰るの待ったあ! ごめんなさい言いすぎました!」
「いいんです。不興を買ったんです。当然です……」
スンスンと鼻をすすり子どもみたいに泣き出すキリノムくん。めっちゃ罪悪感えぐってくる。
「ら、乱暴に扱ったことについては怒ってるけど、嫌いって言ったのは嘘だよ。だから泣かないで?」
「うぅ……。本当ですか?」
「うん。いつも優しくしてもらってるし、キリノムくんのこと好きだよ」
「リリシア様……!」
ハグしてこようとしたけど兄さまに止められた。襟首を掴まれている。
「調子に乗って抱きつこうとするな」
「……チッ」
舌打ち!?
「リリ。あんなの嘘泣きだぞ」
な、なんという手練手管……! サイコロ並みに転がされてしまった。
「死にたくなったのは本当ですよ」
なんでそこは嘘じゃないの。真顔で言わないで。
「……生きてね?」
「はい! リリシア様の為に生きます!」
「いや普通に生きて!?」
それから出されたシチューを食べた。感動するほど美味しかった。
生きてるって素晴らしい。




