18話 子天狼の居場所
「と、父さま。あの子を元いた場所に戻してくれますか?」
ここにいたら危険な気しかしない。一刻も早くGOホーム!
「そうだな。もう見たくもないであろう」
「違います! 家族がいるなら帰してあげたいので」
「ガウ!」
身の振り方を提案すると、さっきまでずっと大人しくしていた子天狼がいきなり吠えた。驚いて振り返れば幼いながらに精悍な目と合う。
「ほら。早く帰りたいって言って」
「ガウガウ!」
どうしたんだ。ちょっと今頼んでるから待ってくれ。
「この子、もしかして帰りたくないんじゃないかしら?」
母さまが頬に手を当て小首を傾げながら呟く。
「いやそんなわけ――頷いてる!?」
赤べこのようにブンブンと縦に首を振る子天狼。
そしてやっぱり言葉が分かるっぽい。
あ。もしかして人型になれるからかな?
「でもなんで帰りたくないなんて……」
「リリ。そやつは天狼族の前王の子で、母もすでに死んでいる。現王が真っ先に差し出してきたところから察するに、持て余されていたと思うぞ」
「えっ」
魔物にも種族ごとの王がいる。
知性がないと言ってもそれは言語で会話する側の判断基準であって、統率は独自の方法で取っているらしい。
「父さま。母『も』ということは、前王さまは」
「殺されたようだ」
「そんな……!」
だから帰りたくない?
元の場所に戻っても、両親も居場所もないから……?
「……じゃあここにいてくれる?」
まだ小さな子天狼に近付き、屈んで視線を合わせ尋ねてみる。
子天狼は数秒私を見つめると、返事の代わりにペロッと優しく私の頬を舐めた。
なんだか無性に悲しくなって、ギュッと目の前のモフモフを抱きしめる。
温かい。
こんなのもう手放せないよ。
「リリから離れろ獣風情が……」
そんな温もりごと凍りつかせるような絶対零度の声が背後からした。
怖い顔で子天狼を見下ろしている兄さまのものである。まずい。
「に、兄さま」
「リリ。そいつを兄様に寄越すんだ。敷布にしてくれる」
「駄目ですよ! 毛並み抜群なのは分かりますが!」
「ああ。どうしても毛皮にして踏みつけたい」
ドSだ!
だけど今日はみんなが近くにいるからか、魔力のオーラを出さないでいてくれているのが救いだ。……救いか?
充分危機だよこれ。
「そ、そんなことするより天気も良いので、庭でピクニックしましょう! なんだかとっても兄さまとゆっくり過ごしたい気分! ダメですか……?」
「…………」
揺らいでるぞ! ワザとらしさ満載だったのにチョロいな兄さま!
「ガウゥゥゥ……!」
ちょ、キミも威嚇しないで大人しくしてて!
「に、兄さま。デートしてくれますか?」
「それは勿論だ。だがその前に目障りな獣を処分する」
「ではこの話はなしです」
「なっ……!」
ものすごく葛藤してる。どんだけシスコンなの。両想いだよ。
「私が見ていない内に何かしてもダメですよ?」
ギリッと奥歯を噛みしめ子天狼を睨み付ける兄さま。
めちゃくちゃ何か言いたそうだ。
「………………、分かった。手は出さない」
悩みに悩んだ末、兄さまは色んなものを飲み込んで渋々折れてくれた。
やったね! 今度こそ無罪確定だ!
「父さまと母さまもいいですか? この子を家に置いても」
「……リリがそうしたいのなら構わんが」
「そうねぇ。今後はリリの番犬として役に立ってもらいましょうか」
「ありがとうございます!」
番犬というのが気になるが許しは得た。これで本当に一安心。
「今日からここがキミのお家だよ。よろしくね」
喜びのあまり子天狼を撫でようとして、グラッと揺れる視界。
あ、れ……?
噛まれたのがやはり心身ともに相当負担だったのか、気が緩んだ途端、私は吸い込まれるようにブラックアウトした。




