17話 一難去ってまた一難どころか十難ぐらい来る
軽い流血表現があります。ご注意ください。
「リリシア!!」
ブラックアウトする寸前。
何の前触れもなくいきなり呼び掛けられる声がしたかと思うと、なぜか目の前に顔面を真っ青にした父さまが視界に映る。
なんで……? いや今はそれより……。
「……父さま、首輪……取って。殺さずに……!」
言い終わる前にパラパラと落ちる壊れた首輪の残骸。
こ、粉微塵……。
「よか、た……」
同じく粉微塵にされずに済んだ子天狼を見てホッとする。
目が合ってビクッとされたけど、もう大丈夫だよ。
安心させるように微笑めばスッと牙を抜いてくれた。
「っぐ……!」
傷口から鼓動に合わせてドクドクと流れ出る血。
同じリズムで再び激痛も襲ってくる。なんかもう吐きそう……。
「【復元治癒】」
突然母さまの声がしたと思うと七色に輝く光の粒子が私を包み、直後にスゥッと傷跡が消えていく。
あ、あれ!? すごい! 痛くない!!
というか、治ってる!!
穴が開き肉が見えていたはずの皮膚が、何事もなかったようにツルリとしている。
「リリシア!!」
「ぅぶっ!」
これまた突然兄さまの声がした途端、背後から思いっ切り抱きしめられた。
「に、兄さま?」
「リリの血の匂いがして心臓が止まるかと思った……!」
「血の匂い!? そんな数キロ離れたところまで届くほど強烈でした……?」
病気じゃないのか私。
「芳しい芳醇な香りだ」
いや表現がおかしい。
兄さまは吸血鬼の素養でもあるのだろうか……。魔人は血を飲んだりしないはずだけどな。
「って、そうだ。母さま治療ありがとうございます」
さっきの光の粒子は治癒魔法が発動した時に出るものだ。
「母さまも寿命が縮んだわよぉ……」
ポロポロと大粒の涙を流し床にへたり込む母さま。す、すみません。
「みんなどうやってここまで来たんですか?」
ハンカチで母さまの涙を拭いながら訊いてみると、返事をくれたのは真剣な顔をした父さまだった。
「転移魔法だ。リリシアすまない……。私がこんな獣を連れて来なければ……」
膝を折り目線を合わせ、もの凄く辛そうな顔で父さまが謝罪してくる。
「……よかれと思ってやってくれたんですよね」
「ああ……」
「父さま、ありがとうございます。さっきも助けてくれて」
だけどこれだけは言わなくちゃいけない。
「でも方法が間違っています! 拉致は駄目!! そこは反省してください!」
「……心得た。もうしない」
しゅん、と小さくなってしまった父さま。めちゃくちゃションボリしている。
こんな姿見たことない。
「ごめんなさい。ちょっと強く言いすぎました」
「リリシア……!」
感極まった父さまが抱きつこうとしてきて、兄さまに思いっ切り止められた。
父さまの顔面を兄さまの掌がギリギリと締め上げる。俗に言うアイアンクロー。
う、美しいお顔が! この世の世界遺産が……!
「父上の所為でリリが痛い思いをしました。触らないでください」
「お前に責められる謂われはない。されるならリリに」
「死ねよクソ親父」
「息子に殺されるほど弱くはないぞ」
「あらあら。二人ともケンカをするならどこかへ消えなさい……?」
ブラックな笑顔の母さま降臨。
それを見た父さまと兄さまが無言で引き下がった。か、母さま強い。
「それで、その子はどうするの? 煮る? 焼く? 引き千切る? 剥ぐ? 串刺す? 擦り潰す? 溶かす?」
怖い怖い怖い!! 素敵な笑顔でありとあらゆる拷問方法提示しないで!
普通に優しい母さまに戻って!
子天狼もプルプル震えている。あんなに強気だったのに。
言葉分かるのかな? それとも雰囲気?
「「全部だ」」
「ちょ、待ったッ!! こんな時だけ一致団結しないで! どれもしないから!!」
「あらあら。気に入らなかった? あとはどんな方法があったかしら」
「拷問から離れてください母さま。この子は無罪です!」
「それは駄目よ。示しがつかないもの」
「そうだ。私の娘に手を出しておいて無罪などあり得ぬ」
「天狼族は今日限りで駆逐だな」
一族郎党皆殺しどころか絶滅させる気だ……!
こんなことならションボリ父さまのままにしておくんだった。
「分かりました。この子と天狼族に何かするなら、私は家を出てこの子の一族に入ります。異論反論は一切受け付けません!」
「リリシア。そんなことは」
「これ以上この話をするならもう口を利きません!」
強引だろうか断固拒否だ。
拉致った挙げ句に拷問するのも絶滅もあり得ない。酷すぎる!
この子は自分の身を守ろうと必死だっただけなのに、そんなのあんまりだ。
「リリ……」
そんな切ない顔したって絆されないぞ兄さま! ただし心のアルバムにはしっかり留めておく!
父さまと母さまからも同じ顔をされたけど折れない。折れないぞ……!
交渉の余地はない、と思いっ切り顔を逸らした。
「…………仕方がない。元はと言えば私の所為だ。今回は不問にしよう」
「本当ですか父さま!?」
「特別にな」
「父さま大好き!!」
ガバッと思いっ切り抱きつく。
屈んでいたところに容赦なくタックルした。微動だにしない体幹がすごい。
お返しのキスの嵐もすごい。ち、窒息します!
「あらギルフィス。それでいいの?」
「リリシアを失えば私は死ぬ。血の匂いに気付いた何人かには知られるであろうが、文句があれば私が黙らせよう」
「そう。貴方がそこまで言うなら私も従うわ。私だってリリに嫌われたら死んじゃうもの」
よかった。頂点たる父さまが言えば鶴の一声になる。
もうこれで処罰されることはないだろう。
ていうか、子煩悩が突き抜けすぎだよ父さまたち。愛してる!
安心して子天狼を見れば、兄さまが睨み倒していた。視線で殺す勢いで。
やばい。全然よくなかった。




