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170話 知らない内に

「ん……」

 ふと目を覚ますと太陽で明るかった部屋は薄暗く、代わりに仄かな照明が灯っていた。窓もカーテンで閉め切られ、夜の訪れを知らせている。


 あれ!? もうそんな時間!? やばい。どれだけ寝てたんだろう。

「起きたんですか」

「うわぁ!?」

 完全に油断していたところにいきなり人影が現れ、驚き叫んでしまった。

「そんなに驚かれるほど酷い顔をしているつもりはありませんが」

「な、ナギサくんか」

 影の主は表情一つすら変えないナギサくんだった。


 うるさい心臓を鎮めていると水が入ったコップを差し出される。

 この部屋に常備してある水差しで入れたものだ。魔道具なのでいつでも新鮮な水が飲める。

「どうぞ」

「ありがとう。今、何時?」

「闇の九刻です」

 少しのつもりが爆睡してた。どうりで魔力も結構、回復してる。

「ごめんね、午後から放りっぱなしで! 大丈夫……だった?」

「ええ。城の中を歩き回ってみましたが、この通り生きています」

「そんな無茶してたの!?」

「いつまでも部屋に籠っていられないので」

 人間の身でなんというチャレンジャー。いや、私が悪いのか。


「ナギサくん、もうちょっとこっちに寄ってくれる?」

「はい?」

「少しだけ動かないでね」

 コップをサイドテーブルに一旦置き、不思議そうにしながらも従ってくれたナギサくんの首に、白竜姫の泪を空間魔法で取り出しかける。

 薄暗い部屋にあってもキラキラと眩しい輝きを放っていて、とても綺麗だ。

「! これ、本に載っていた――」

「色々あって手に入ったから、つけてくれる?」

「まさか本当に用意するなんて……」

 さすがのナギサくんも動揺している。うんうん、贈った甲斐があるよ。

「ですが、いいんですか? 相当、貴重な品だったはず」

「いいんだよ。ナギサくんの為に手に入れようと思ったんだから」

「……それでこんなにボロボロな姿に?」

「へ?」

 あ。着替えるの忘れてた。


「わ、私はどうでもいいの! これで安全に歩けるけど、あまり無茶はしないでね。相当頑丈でも耐久に限度があるらしい――ナギサくん?」

 白竜姫の泪をぎゅっと握ったまま、動かなるナギサくん。

 どうしたんだろうかと心配になれば、突然スッと床に片膝を着き首を垂れた。

「……、誠心誠意お仕えします。リリシア様」

 少し震える声と肩でそう告げ、また動かなくなる。

 俯いた顔から、白竜姫の泪とは違う光るものが落ちた気がした。

 泣いてる……!?


「ちょ、ナギサくん」

「一度ならず二度までもその身を犠牲にするなんて……。少しでもお役に立てるよう、邁進します」

 慌てふためく私に対し真摯に紡がれる、誓いの言葉。

 目を見て言ってくれないのは多分、泣き顔を見られたくないからだろう。

「……あまり気負わずに今まで通りでいてくれたら、嬉しいな」

 返事の代わりに一つまた一つと床に落ちる、透明な雫。

 そっと頭を撫でてもナギサくんは嫌がらず、受け入れてくれる。

 暫くそうしていると「もう平気です」と制され上げられた顔はまだ目元が赤いけれど、回復魔法を掛けるのは無粋だと思い気付かないフリをした。


「そういえば、やけに静かだね」

 いつもならソラがいたりするのに、さっきから二人きり。現れる様子もない。

「庭で暴れていた連中なら、今頃揃って参謀に絞られていると思います」

「えっ」

 父様でなくノイン参謀?

「なんで知ってるの?」

「魔王執務室の前を通った時に聞こえました。修復がどうとか、予算がどうとか、穀潰しは不要だとか、色々言っていましたよ。ちなみに一刻前の話です」

「おぅふ……」

 私も馳せ参じ謝罪せねば。


「あんな連中は放っておいて、何か食べた方がいいです。あと着替えも」

「着替えは確かに……」

「私は厨房に行き食事を用意してもらってくるので、その間に着替えておいてください。シャワーも浴びられるよう準備していますから」

「至れり尽くせり! ありがとう。でも、ご飯は大丈夫だよ」

「駄目です。主の体調管理も仕事の内なので」

 俄然やる気なナギサくんとか、反論しにくいよ。にやけちゃう。

「探索して場所は分かってますし。料理長、あの悪魔ですよね? 今日見て驚きました」

「……ちゃんと紹介し直してなかったっけ」

 キリノムくん、ウェンサ帝国へは執事という体で行ってたんだよね。


「では行ってきます」

「あ、待っ――」

 制止も虚しくナギサくんは部屋を出て行ってしまう。

 大丈夫かな……。


 でも折角やる気を出しているんだから、口を出し過ぎるのもダメだよね。

 白竜姫の泪もあるし、魔力探知で気配を追いつつ遠くから見守ろう。

 ナギサくんの厚意に甘え、簡単にシャワーを浴びることにした。

 浄化魔法より、こっちの方が気分的にさっぱりする。効果は同じなのに、人の心理って不思議だ。

 身支度を済ませ洗面室から出れば、ナギサくんがちょうど戻って来た。

 キリノムくんを連れて。


「リリシア様!」

 パアッと輝く笑顔で駆け寄ってくるキリノムくん。

 そのまま私の両手を取り、ぎゅっと包み込むように握った。

「夕食の時に姿がないので心配しました」

 二人の魔力が一緒に移動してるから何事かと思いきや、そういうことだったのか。


「ごめんね。ちょっと疲れて寝てただけ」

「様子を見られたという王妃様も同じ事を言われてましたが、どうしても自分の目で確認したくて押し掛けました。すみません」

「全然いいよ。って、母様が来てた?」

「よく休めるようにと、聖母みたいな顔で何か魔法を掛けてましたよ」

 ナギサくんがテーブルセッティングをしながら追加情報をくれる。

 どうりでよく眠れたまじか。

「何か言われた?」

「リリシア様のことをよろしく、とだけ」

 母様……。キリノムくんは舌打ちしないで。


「それより、リリシア様。消化に良いものを作ってきましたので、召し上がってください」

 つられて見ればテーブルにはリゾットや野菜を煮込んだ黄金色のスープ、りんごのコンポートなどが並べられている。

 匂いに吸い寄せられるように近付くと、ナギサくんがスマートに椅子を引いてくれた。

「その様子なら食べられそうですね」

「ぅ、美味しそうでつい……」

「良い事です」

 要らないと断った手前、恥ずかしいとか吹っ飛んだ。ナギサくんの過保護度が増してる!?

「何か?」

「ナンデモナイヨ」

 言ったらせっかく上がった友好度が元に戻りそうで堪えた。


「キリノムくんも、わざわざごめんね」

「いいえ。リリシア様に食べてもらえるのなら、いつでも作ります」

 慈愛に満ちた笑顔を浮かべるキリノムくん。

 兄様たちの様子も気になるけれど、せっかく用意してくれたのに放って行くわけにもいかないので、ありがたく頂くことにした。

 後で必ず行くことを心の中で誓い、スープを一口掬って口の中へ入れる。野菜の甘みが溶け出した優しい味が、じんわりと身体と心を温めてくれるのを感じた。


「美味しい……」

 キリノムくんは毎回こちらの体調に合わせて味を調整してくれているらしく、常にベストな塩加減の料理を提供してくれる。まさにプロフェッショナルだ。

「ふふっ。リリシア様は小さい頃から美味しそうに食べてくれますね」

「だって本当に美味しいよ!」

「……そうやって大きな瞳をキラキラさせながら、喜んでくれるところにやられたんですよねぇ」

「ん? なに?」

「いえ。何でも」

 なんでそんなにニコニコしてるの?


「そうだ。ナギサくんは晩ご飯食べた? メルローが用意してくれたと思うけど」

「食堂で食べました」

「んぐっ」

 思わぬ発言にスープが気管に入りそうになった。

「食堂!? 自室じゃなくて!?」

「僕がそうするよう言いました。使用人が使用人の手を煩わせるのも、おかしいので」

「それは、そうだけど……」

「食事代は給料から天引きなので一々貰わなくていいと、レグラス参謀から聞いてますし」


 今 何 て ?


「の、ノイン参謀がそんなことを?」

「はい。そこの人間の人件費は、もう予算に組み込んでいるそうですが」

「さすが仕事が早い。じゃなくて、そんなことになってるの!?」

「知らなかったんですか?」

「うん。私が支払うつもりでいたから」

 父様たちに雇用の了解を貰った時点で、話がいっていたのかな……?

 一刻も早くノイン参謀に会わなければ。


「リリシア様がお給料を……!? そんなクソ羨ましいことしてみろ人間。即刻、殺してやる」

「は? 悪魔には関係ないですよね?」

 名前でなく種族名で呼び合う二人にハラハラしながら、急いでご飯を食べた。

 とても美味しかったよ、キリノムくん。




「失礼します、ノイン参謀!」

 食事を終え大急ぎで魔王執務室へ飛び込めば、兄様、ホムラくん、アイスくん、ソラの順で横一列に並び、ノイン参謀にお説教をされていた。

 父様と母様の姿はない。


「お目覚めですか。リリシア様」

 クールビューティ・ノイン参謀は、いつもと変わらぬ静かな美声で私に挨拶をしてきた。

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