166話 アイスくんの本領
「お待たせしましたわ、リリシアさん」
竜神妃様に呼ばれ神殿内へ戻ると、白竜姫の泪はシルバーの細い鎖が綺麗なネックレスになっていた。
人型の竜神妃様によるお手製だ。
「うわぁ……! 凄く綺麗ですね」
改めてじっくり見ても、ダイヤモンドに負けない輝きを放っていて圧倒される程。
……これ一つで戦争が起きるぐらいの代物なんだよね。
それが四つも。
いざ手にするとなると、なんだか緊張する。
「気に入って頂けたならよかったですわ。それからおまけでこちらも」
白竜姫の泪の横に並べられる、金色をした二つのリング。
装飾の代わりに文字らしきものが刻まれているシンプルなものだ。
ただの指輪……ではないような気がする。
「あの、これは?」
「竜王から聞いたのですが、武装転換の魔法が必要だとか。こちらのリングに組み込んでおきましたの」
「え!?」
「お好きな格好で指輪を嵌めてくだされば、意志一つでその服装へと切り替わりますわよ」
ま さ か の 魔 道 具。
「ど、どういう仕組なんですか?」
「アイテムボックスと同じ要領で指輪に収納するんですけれど、その際、細かく分解する点が違うところかしら。完全分解と完全構築を繰り返すのですわ」
より高度なものだということしか理解できなかった。
めちゃくちゃザックリ言うとそういう事。多分。
ちなみに刻まれている文字っぽいのは古竜語だそう。そりゃ読めない。
あと竜王様、何気に話しちゃったんですね。おかげで思わぬプレゼントを頂きました。今度お礼しないと。
「ありがとうございます。感謝しても、し足りません」
「娘の――いえ、わたくしたちの友人のお役に立てるなら、何よりですわ。ねぇ、アナタ?」
『はい。私も妃と同じ気持ちです』
「っ、竜神様まで……」
「これからも気軽に遊びにいらしてね」
「はい!」
嬉し過ぎる言葉に感激してちょっと涙混じりに答えたら、慈愛に満ちた笑みを浮かべた竜神妃様に優しく宥められてしまった。す、すみません。
改めて竜神夫妻に頭を下げ、イノリちゃんへと近付く。
「イノリちゃん、今日はこれで帰るね」
「……や、だ。もっと、一緒に……いたい」
小さな子どもみたいに、泣きそうな顔でぎゅっと抱き着いてくるイノリちゃん。
あ、あまりの可愛さに召されかけた。
「またすぐ来るよ。果物とかケーキとか持って」
「そんなの、いらない。リリシアちゃんが、いれば……いい」
「私イノリちゃんと結婚する」
「は!? 待って、シアちゃん落ち着きなよ。イノリちゃんもそういう意味で言ったんじゃないから」
「ラブじゃなくライクなのはちゃんと分かってるけど!」
この萌える気持ちをどうしてくれよう!
やんわり私をイノリちゃんから引き剥がすアイスくんは、なぜか焦っている。
おや? そういう事なの?
「ほら帰ろう? 二人とも今日は疲れたでしょ? お互いを休ませてあげなきゃ」
邪推してる場合じゃなかった。アイスくんの言う通りだ。
激痛に耐え続けたイノリちゃんには、休息が必要である。
「そうだね。イノリちゃん頑張ったもんね」
「……ぅう。分かっ、た。リリシアちゃん、に無理は……ダメ」
策士なアイスくんは相変わらず痛いところを突いてくる。
これにはイノリちゃんも納得せざるを得ないようだ。
「またね、イノリちゃん」
「う、ん」
「じゃあ行こうか。シアちゃんはボクの背中に乗ってく?」
一緒に帰ることが発覚したアイスくんに、イノリちゃんが納得するまで半刻掛かった。
「ただいま」
転移魔法で自分の部屋へ戻って来た途端、一気にどっと疲れが押し寄せてきた。
私は私で疲弊していたらしい。ベッドに倒れ込みたい衝動に駆られる。
「へぇー。ここがシアちゃんの部屋?」
寝るな私!
一緒に帰って来たアイスくんが室内を物珍しそうに見ているのに気付き、無理やり意識を覚醒させた。
客人を放置はあかん。
「うん、そう。えーっと、兄様に紹介……いや父様と母様が先かな? それともノイン参謀……?」
迷っていると兄様の声が突然、頭の中に響いてくる。
念話だ。
【……リリ。竜の住処で何をしていた? というか、何だそこにいる気配は】
魔力探知で色々筒抜けだったらしい。やばい。不機嫌でいらっしゃる。
【は、話せば長くなります】
【そうか。ならそこにいろ】
えっ、と思った瞬間には部屋に現れる兄様。ノータイムで返事の余地すらない。
「兄様、」
「リリ。また何を連れ帰っ――いや、まずこの服はどうした」
距離を詰めた兄様は、私が羽織っているストールを少しだけ捲り更に眉を寄せる。
不機嫌から心配に、声のトーンも表情も変わった。
「色々ありまして……」
「そこにいる奴が原因ではないだろうな?」
「それは違います。本当に」
「……嘘ではないようだ」
ジッと目を覗き込んできた兄様が納得する。泳いでませんでしたか。
「で? お前は何者だ」
「どうも。ボクはアイシュクラス。ギュオホムラスの弟だよ」
「なるほど、似た魔力を感じる。腹が立つ衣装もそっくりだ」
まだ根に持ってるの!? まったく必要ないのに……。
「その兄貴同様、ボクもここに居させて欲しいんだけど」
「……なに?」
「シアちゃんのこと気に入ったんだ」
「兄弟揃って死にたがりか……?」
同時にブワッと魔力のオーラが爆発するように立ち昇る。
天井も周りの家具も、近くの物が根こそぎ炭と化した。
「ちょ、兄様! ここで暴れるのは色々と危険です!」
「すまない。後で弁償する。おい、お前。外へ出ろ」
「うん。いいよ」
バンッと大きな窓を開け放ち、兄様とアイスくんは外へ飛び出す。
直後にアイスくんは竜の姿へと戻り、兄様の後を猛スピードで追いかけて行った。
「ええ……?」
慌てて私も追えば、兄様たちは拓けた庭へと降り立ち対峙する。
兄様によって焦土に、私により凍土になったせいで、草木が何も育たなくなった不毛の地だ。
ホムラくんと兄様が、つい最近バトルした場でもある。そろそろ決闘の地に改名し時かもしれない。
「その羽根の数……。お前も亜種か」
『まあね。シアちゃん家を壊しちゃ悪いし、【結界】』
アイスくんが短く詠唱すると、竜の住処と同じ瑠璃色の膜が広範囲を覆う。
私だけを除外するようにして。
「……ただの亜種ではなさそうだな」
『兄貴よりレアだよ』
そのホムラくんの姿は無い。
また置き去りにされてる!?
驚愕していると二人は戦闘を開始してしまう。
先手必勝とばかりに大爆発をアイスくん目掛けて起こす兄様。逃げる隙間さえ与えない圧倒的火力で結界内部が燃え続ける。
さすがに無傷ではいられないだろうと介入しようとすれば、アイスくん本人に制されてしまった。
『シアちゃん、入って来ちゃダメだよ。危ないから』
「!」
どこも焦げた様子の無いアイスくんは、私を気遣う余裕すら見せる。
つ、強い……!
「駄竜よりはマシだな」
『戦闘能力なら兄貴より上だからね』
「……ほう?」
『認めてもらわないとここに居られないって聞いたから、頑張るよ』
アイスくんが翼を一度はためかせると、ホワイトアウトの様に氷混じりの暴風が結界中に巻き起こった。
かと思えば無数の細長い槍状の氷塊がアイスくんの背後に出現し、兄様を串刺しにすべく一気に襲い掛かる。
けれど全てが兄様に掠るどころか目前で弾かれては落ちていく。
兄様に攻撃系魔法は効かないからだ。
それでもアイスくんは動揺一つせず、矢継ぎ早に攻撃を仕掛ける。
魔法が効かないと悟ったのか物理攻撃メインへと切り替え、目にも留まらぬ速さで兄様に強襲しては回避を繰り返す。
瞬きする間もないほどの激しい攻防をしばらく続けた後、事態が動いた。
『……【包囲】、【圧縮】』
アイスくんが聞き慣れない詠唱を行った途端、兄様の身体を光る文字の輪が取り囲み、絞り上げるように範囲を狭めていった。
見たことのない魔法だ。
兄様が逃れようとして、なぜかその場に留まったまま険しい顔をする。
「転移出来ない、だと……?」
『輪の中の空間を支配してるんだ。逃がさないよ』
冷徹にすら思えるアイスくんの一言が戦場に響いた。




