163話 覚悟を決めた人
結局、ゴーレムを召喚したりして竜王様と二刻ほど復旧作業をした後、ようやく本来の目的地である神殿へとやって来た。
……やって来たのだが、なんということでしょう。
竜神夫妻が平伏した姿勢で私を出迎えたではありませんか。
「何ごと!?」
『我が民が多大なる無礼を働きました。さらには町の再建まで……。合わせる顔がありません』
『お詫びし、またお礼を言いますわ』
聞けば建物の外の様子を映せる、例の便利魔道具で見ていたらしい。
「あの、私は何ともないので気にしないでください。それより、イノリちゃんに血を持ってきたんです。受け取ってもらえますか?」
『重ねてお礼を――』
「もう充分です! 本当!」
誰か助けて! と思ったら、イノリちゃんが御目通りの間に姿を現した。
ボロボロ泣きながら。
「ええええ!?」
なぜ!? よりピンチになったんですけど!?
「い、イノリちゃん。何かあったの……?」
『写し鏡、で外の様子……見てた。リリシアちゃんが、死ん……じゃった、かと』
なんてこった。イノリちゃんも見てたんかい。
「全然平気だよ? 私、攻撃系魔法は無効だし!」
すぐ傍まで近付いてオーバーアクションで言ってみるも、頭上からは透明な液体がいくつも降ってくる。
「……イノリちゃん、泣かないで? 悲しい顔は嫌だよ」
『ん……、』
返事をくれても涙の雨は降り止む気配がない。
拭おうと無意識に伸ばした手は、イノリちゃんの顔まで遠すぎて到底届くはずもなく、中途半端な位置で止まってしまう。
こういうとき身体の大きさが違いすぎると不便だなと、私まで悲しくなれば、竜神妃様が立ち上がりイノリちゃんに告げた。
『イノリ。リリシアさんが血液を持って来てくださいましたわ。支度をなさい。今から儀式を行いますわよ』
『……! 分かっ、た』
『リリシアさん、よければ待っていてくださらないかしら。イノリもその方が、頑張れるでしょうし』
二人に見つめられ、私は二つ返事で了承した。断るわけない。
「無理はしないでね、イノリちゃん」
『……あり、がと』
血液が入った小瓶を差し出せば、イノリちゃんは器用に口に咥える。
そのまま竜神妃様と連れ立って部屋を出て行った。
すれ違いざまに見たイノリちゃんは、まだ涙を少し湛えたままだったけれど、とても強い目をしていた。
……頑張ってね。待ってるから。
* * *
竜神様と御目通りの間に残され、はや四分の一刻。
気まずい……。
何がって、竜神妃様相手のように気軽に世間話をするのもなんだか憚られ、お互いずっと無言状態だからだ。
加えて向こうが気を遣ってる感がバンバンするので、より気まずい。
うん。ここは一旦、戦略的撤退をしよう。それがいい。
「あの、竜神様。ちょっと外の空気を吸ってきます」
『そ、そうですか。お気を付けて』
「はい」
了承を得たので転移魔法を使い、一気に建物の外へ出る。
遠くには行けない為、神殿入口にある石の階段に座って待つことにした。
左右に広く遮蔽物が何もない階段で景色をボーッと眺めていれば、冷たい風に晒される。
ここは雲より上にあるので雪が降ることはないけれど、降ってもおかしくないくらいの寒さだ。
膝を抱えて身を小さくしても、体感温度はあまり変わらなくて、一人でいる寂しさまで感じてくる。
「寒い……」
「――ならこうすれば暖かい?」
その言葉と同時。
背後から抱き込まれるようにして、熱いくらいの長い手足に包まれた。
驚いて振り返れば褐色美青年と目が合う。
人型のアイスくんだ。
「アイスくん!?」
「やあ。何日か振りだね」
小首を傾げ優美に微笑むアイスくんは、相変わらず至近距離で見てはいけない破壊力である。
「さっき出先から戻って来たんだけど、父さんから色々聞いたよ。どこも怪我してない?」
人間座椅子と化したまま、心配そうに訊いてくるアイスくん。
おかげで寒さは吹っ飛んだのだが、平常心も吹っ飛びそう……。
「い、一応無傷」
「よかった。綺麗な肌に傷が付いてたら、相手を半殺しにするとこだったよ」
意外に過激派だ。この大胆行動といい。
「ところでシアちゃん、何でこんなところに座ってるの?」
「えっと、人型になる儀式をしてるイノリちゃんを待ってて、気分転換に外へ」
「ああ。血を持って来てくれたんだね。ありがとう」
「ううん。というか、いつまでこの体勢なんでしょうか……」
「……ダメ?」
横から顔を覗き込むようにして、耳元で甘く囁かれる。
吐息が掛かってビクッとなってしまった。
「だ、駄目です」
「そんな可愛い顔で言われても離してあげられないなぁ」
なにこの押し問答。正解が分からないよ!
「ふふっ。困ってる」
「からかってないで、解放して……」
「別にからかってないよ。こうしたいからしてるだけ」
「ぅわっ」
私のお腹に回している手をさらに引き寄せ、アイスくんがより密着してくる。
もうこの人エロスの塊じゃん! 上級者向けすぎる!
「ねえシアちゃん。お願いがあるんだけど」
「? お願い……?」
「うん。ボクを従魔にしてくれない?」
「え、」
「ここにいるより楽しそうだし、何よりシアちゃんのこと気に入っちゃった」
そ、そんな気軽に?
理由の重さなんて人それぞれだと思う。でも、本気なのだろうか。
「従魔になるって大変なことだし、考え直した方がいい……んじゃないかな」
「分かってる。自由を縛られるのは覚悟の上だよ。もう父さんたちに許可も貰ってあるんだ」
「ビックリするぐらい用意周到だった!」
「すぐに決められないって言うなら、お試しでもいい。とりあえず傍に置いてみない? ボクは御白入りだから守護系魔法も使える。役に立つかもよ?」
魅惑のセールストークでアイスくんが攻めてくる。
正直、守護系魔法というのが気になるし惹かれる。
「あ。でも兄様との約束が……」
「ん? 魔人の兄さん?」
「兄様からこれ以上、傍に置くなって言われてて」
「ふぅん。説得できれば問題ないよね?」
「そうなる、のかな。いや、でも従魔にする気はないよ。上下関係で繋がるのは好きじゃないし……」
ナギサくんは執事という役職上、どうしても上下に当たるけれど、気持ちは対等だと思っている。
「シアちゃんらしいね。じゃあ魔人の兄さんの了解が得られたら、従魔とか関係なくシアちゃん家に滞在させてもらう、ってのはどう?」
ホームステイ的な感じかな。
どちらにしろ、私の一存では決められない。
「兄様以外にも説得する人はいるけど、それでもいいなら」
父様に母様、あとノイン参謀とかノイン参謀とか。お城の財布の紐を握っているのはノイン参謀なのだ。
一泊やそこらじゃないなら、許可は必須である。
「分かった。頑張る」
引き下がらず頷くアイスくん。
モフモフではなくてもお城に魔物が増えること自体は大歓迎なので、私はそれ以上何も言えなかった。




