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161話 僥倖と強襲

「な、何ごと!?」

 音の発生源はどうやら我が家の広大な庭。

 結界が張られているようで影響は漏れ聞こえてくる衝撃音のみだが、相当激しくぶつかり合っているのが分かる。


 庭から感じる魔力は兄様とホムラくん、ソラとユイルドさんという組み合わせのもの。

 ソラたちも訓練なのだろう。

 でもどちらがこの事態の当事者なのかは明らかだ。


 結界を張っているのは、兄様ただ一人。


 話し合いに行ったはずなのに、なぜ殺し合いでもするみたいな気配が……。

「ケンカ……にしても度が過ぎてるような」

「リリシア様!」

 ポツリと漏れた独り言をかき消すような勢いで、洗面室の扉を開けたナギサくんが駆け寄って来る。

 掃除をしてくれていたのだけれど、何かあったのだろうか。


「ど、どうしたの? 虫でも出た?」

「虫ごとき平気――ではなく! いま外から爆発音が!」

「あ。大丈夫、原因は分かってるから」

 珍しく動揺しているナギサくんに説明すれば、ギュッと眉根を寄せ溜息を吐いた。

「てっきり敵襲かクーデターかと」

「もしかして、心配してくれたの?」

「……職場が爆破されたら路頭に迷いますから」

 さっきの慌て様を見る限り、それだけじゃないと思えるのは都合の良い勘違いじゃない気がする。

 構わずお礼を伝えれば、バツが悪そうに顔を背けられた。


「というか、よく分かりますね。私には何も見えません」

 背けた先の窓の外を見て、ナギサくんが訊いてくる。

 兄様たちがいる場所までは距離があり過ぎて、肉眼だと見えないからだ。

「魔力探知のおかげ。さすがに魔人でも目視は無理かな」

「ああ、魔法……。それより貴方が止めに行かないのが意外です」

「…………うん」

「? 見殺すんですか? 私には関係ないのでどうとも感じませんが、貴方は気にする性質でしょう」

「私が止めなくても、兄様はホムラくんを殺したりしないよ」

 昨日は少しだけ敵意を感じたが、殺意かと問われれば全く違う。

 あれは多分、嫉妬だ。


 自分より逞しくなったホムラくんに、悔しくなったんじゃないかと思う。

 人型になっても魔力が減るなどパワーダウンしている感じはなく、難点だった小回も利くようになった分、死角が無くなったと言ってもいい。

 兄様はしっかりしているけれど、まだ大学生ぐらいの歳なのだ。友達がいきなり急成長したら焦ったりするような、大人と子どもの境界みたいな難しいお年頃。

 だからついあんな言い方をしたんじゃないかな。

 それに兄様が本気で殺す気なら、とっくにそうしてるはず。


「そんな甘いとは思えませんが」

「万が一……、もし本当に危なくなった時は止めに行くけど、そうじゃないなら見守るよ」

 昨日は咄嗟にホムラくんを引き留めたものの、これ以上は干渉しない方がいいだろう。

 向き合っている今は邪魔になるだけだ。最悪の事態にならないと確信できるのもある。


 首を突っ込み過ぎるのは私の悪い癖だと自覚している。でも同時に、お膳立てする程度ぐらいには何かしたいと思ってしまうのだ。

 自己満足だ傲慢だと言われても。

 私は生きてる人間だから、神様みたいに冷静で傍観者に徹する事なんて出来ないよ――……。




 庭に気を配りつつ半刻が経った頃、急にピタリと静かになった。

 ……よ、予想よりもかなり早い。

 魔力探知で再度様子を探ってみるも、そこまで弱っている気配は感じない。

「終わった、のかな」

「さあ? 静かにはなりましたね」

 気になる……。

 でも我慢しなくちゃ。


 落ち着かない気持ちで部屋をうろついていると、ふと窓に大きな影が差した。

 ガラス越しに映るのは燃えるような赤い鱗の肢体。

「ホムラくん!?」

 慌てて窓を開ければ竜の姿は人型へと変わり、勢いそのままに抱きつかれた。

 全身傷だらけだし、あちこち服が焦げているしでボロボロだ。

 致命傷となり得そうなものがないことだけが、幸いだろうか。


「リリちゃん! 兄さんに認めさせてやったすよ!」

「え?」

「思ってたこと全部ぶち撒けたらなんか殴り合いになっちゃったけど、兄さんも言い過ぎたって! 好きにしろって!」

 興奮状態でいまいち話が見えないけれど、恐らく兄様が昨日のことを謝って仲直りしたってとこだろう。

 そこに暴力は必要だったのか疑問はあるが、とにかくよかった!


「丸く収まって安心した……」

「リリちゃんが励ましてくれたおかげっす! ありがとう!」

「私は何もしてないよ。ホムラくんの想いが伝わったんだね」

「~~~~っ!! リリちゃんはやっぱオレの天使!」

「んぶっ」

 テンションMAXなホムラくんは、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。

 よほど兄様に認められたのが嬉しかったようだ。


「――おい駄竜。貴様、死に急ぐのが好きらしいな……?」


「げえっ! 兄さん!」

「兄様!?」

 驚き緩んだホムラくんの腕から抜け出せば、同じく窓から来訪する無傷の兄様。

 軍服の裾が少し破れているくらいで、いつもと全く変わりがない。

 ……やっぱりホムラくんを殺す気なんてなかったんだ。これだけ余裕があるなら、簡単にできたはず。


「リリから離れろ。この破廉恥竜が」

「は、はあ!? どこがハレンチなんすか!」

「その着ている意味があるのか分からない、布切れみたいな服だ。それとも俺に対する当てつけのつもりか? ここまで鍛えて見せろと挑発しているのか?」

「ち、違うっす! これは竜人の民族衣装! みんなコレなんす!」

「竜人を殲滅しに行くか」

「ヤキモチで種族を滅ぼさないでくださいよ!」

 全くだよ……。

「兄様だって充分すぎるほど素敵なスタイルじゃないですか」

 上半身だけ裸を見たことがあるが、それは見事な美しい身体だった。

 腹筋が割れているのはもちろん、どこをとっても程よく鍛えられていて、醸し出されるエロスが半端ない。

 でも私的には軍服姿が一番だと思っている。禁欲的な衣装が逆に色っぽいんだよね。


「本当か? 駄竜とどちらが好みだ」

「どちらも素敵で選べません!」

「リリ。その回答はずるいぞ」

「どうでもいいですが窓を閉めてくれませんか。寒いです」

 吹き込む冷たい風に負けない声音のナギサくんが割って入ってきた。

 ここのところ日に日に気温が下がっていて、寒期に入りかけていることを感じさせているのだ。

「脆弱な人間はあるべき場所へ帰ったらどうだ」

「兄様、ナギサくんの居場所はここです。私が決めました」

 パタンと窓を閉じ抗議すると溜め息で返される。

 決意が固いと知っているからか、それ以上は何も言われなかった。


 ナギサくんのことを認めてもらう為にも、早く自由に出歩けるようにしてあげないと。

 そう思うのに、良い方法が見つからないまま、さらに三日が過ぎた。


   * * *


 四日目の午後。

 私は一人で竜の住処を訪れた。

 イノリちゃんに約束した血液を渡す為である。


 兄様が国内パトロールに出掛けた隙を突いたので、後で何か言われるかもしれない。でもここの竜たちを毎回警戒させるのも悪いし……。

 ぐるぐる考えるのを一時中断して結界へ思い切って飛び込むと、竜神妃様がくれたピアスのおかげで阻害される事なく中へと飲み込まれた。

 そのまま神殿へ向かって上空を飛んでいる途中、いきなり十数匹の竜が進路上に現れ道を塞がれる。

 何かと思えば包囲網のようにグルリと囲まれ、刺さるような敵意が向けられた。


『アンタ、この間ギュオホムラスと共に来ていた奴だな。また来たのか』

 一番大きな緑色の竜が睨み付けるように話し掛けてくる。

 背中の翼は二枚。通常種ではあるものの、感じる魔力はかなり強い。


「こ、こんにちは。今日は約束があってお邪魔しました」

『何が狙いだ。竜神様や竜王の人の良さに付け込んで、何をしようとしている』

「へ? 何もしませんよ! 誤解です!」

『どうだか。良い顔をして取り入るのはエルフだけかと思ったが、我らと同じ魔族でもそうとは不快だ』

 いま何て?


「どういうことですか?」

『アイツらも治療薬を作るから協力してくれなどと善人ぶって近付いては、油断したところを襲ってくる。アンタも同じ類だろう』

「なにそれ卑怯!」

『は?』

「私もエルフにはちょっとした因縁みたいなものがあります。よければ詳しく聞かせてださい」

『……そうやって取り入る寸法か。やれ、お前たち!』

 勝手に自己完結した緑竜の号令と同時。

 誤解を解く暇も与えられない内に、一斉に私目掛けて竜たちが襲い掛かって来た。

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