160話 迷える心
「ホムラくん! 待って!」
「リリちゃん、ごめん。兄さんと距離置きたい」
「わ、分かった。じゃあ私の部屋まで転移するから、一緒に来てね」
返事を待たずにホムラくんの手を掴み、自分の部屋まで転移する。
放っておいたらどこか遠くへ行ったまま帰って来ない気がして、強硬手段に出たのだ。
「リリ! どこに行っ――何そいつ」
いつも通り自由時間は私の部屋にいる人型ソラが、転移魔法で現れた私たちに気付いて駆け寄ってくれる。が、途中で警戒モードになった。
人型ホムラくんを睨み付け、グルルと低く呻る。
「落ち着いて、ソラ。姿が変わってるけど、ホムラくんだよ」
「……え? 竜って人型になれるのか?」
「普通はなれない。秘術を使って特別になれてるだけなの」
ホムラくんはショックを受けているからか終始無言だ。
ずっと視線を足元に下げたまま、耐えるように口を真一文字に結んでいる。
「ふーん。悔しいけどオレより筋肉あるし、かっこいい」
「! でしょ!? ほら、ホムラくん! ソラが格好良いって!」
さすがソラ! 分かってる!
「……うん。ありがと、ソラっち」
「その呼び方はやめろ。あとリリの手を放せ」
かと思ったら、また敵対心剥き出しだ。何故に。
しかも手を繋いでいるのは一方的に私です。
「ソラ、ホムラくん落ち込んでるから……」
「じゃあリリの兄貴のとこに行けばいいだろ。従魔なんだから」
「ちょっとー!? 今その話ダメ!!」
「なんで?」
「…………オレ、もう兄さんの従魔やめようかな」
ホムラくんがポツリと、とんでもないことを口にした。
驚いて見れば、置いてけぼりを食らった小さな子どもみたいな、酷く悲しい顔をしている。
こ、これは駄目だ。本気で考えてる。
「ホムラくん、兄様は素直じゃないだけだよ。『俺より体格が良くて腹立つ』って言ってたでしょ? それって負けて悔しいってことじゃない? あの兄様がだよ?」
「……そう、なのかな」
「ついキツい言い方しちゃったのも、そのせいだと私は思うよ。だからもう少し落ち着いて考えてみてくれたら、嬉しいな」
「リリちゃん……」
推測でしかないけど、的外れではないと思う。
ホムラくんはずっと私と一緒にいたから、兄様に何もしていない。
拒絶される理由なんて一つもないのだ。
だとしたら、こう考えるのが妥当じゃないだろうか。
「何があったか知らないけど、いい加減離れろ」
ソラがホムラくんの腕をグイグイと押すようにして、間に割って入ってきた。
も、もうちょっと待って欲しい。せっかく浮上しそうなところだから!
「嫌っす。今日はリリちゃんに傍にいて欲しい」
何その殺し文句。
ホムラくんは私の手をギュッと握り返し、白銀の瞳で回避不能な熱い視線を送ってくる。
「ダメだ。そんなの許さない」
「ソラっちが決めることじゃなくないっすか」
「……は?」
「待って、待って! ケンカしないで……」
「失礼します。話し声が聞こえたのですが、帰って来て――どういう状況ですか」
ナギサくんがノックをして部屋に入って来るなり、眉間にシワを寄せた。
特に見慣れない姿のホムラくんを注視しているような気がする。
「あ、ナギサくん。ただいま」
「おかえりなさい。って、暢気に挨拶してる場合じゃないでしょう」
「人間には関係ない。引っ込んでろ」
ソラの一言で更に険しくなるナギサくんの眉間。これ以上の泥沼化は困る……!
「そ、そこまで! ソラ、今日はホムラくんを一人にはできないよ。だからソラも一緒にいてくれる? ナギサくんも話があるから、こっちに来て欲しいんだけど」
「…………リリが言うなら」
「分かりました」
渋々了承するソラをソファーへ誘導し、ホムラくんにも座ってもらう。
いつも通りソラの隣に私も座ると、腰に手を回してきた。
うん。とりあえず何も言うまい……。
「ナギサくんも座ってくれる? 探してたアイテムの件も含めて、さっきまでの出来事を話すから」
胡乱げにソラを見下ろし控えるナギサくんにも着席を進める。
こうしてようやく詳細を話す事ができ、なんとも微妙な空気のまま日が落ちていった。
* * *
「オレ、人型にならない方がよかったのかな……」
メルローに運んでもらった夕食も進まない様子のホムラくんが、カトラリーをお皿に置いて悲しいことを言い出した。
ホムラくんがこんなにネガティブになるなんて、相当ダメージが大きいのだろう。
兄様の反応でこうなっているのだから、それだけ好きでいてくれる証拠とも言えるけれど。
……とてもやるせなくなってしまう。
「そんなことないよ。私は一緒にいられる時間が増えて、すごく嬉しいもん。こうやって一緒にご飯だって食べられるし」
「リリちゃん……」
「だから元気出して? ホムラくんがしょんぼりしてると、私まで悲しくなるよ」
「……リリちゃんて、なんでそんなに優しいんすか?」
「え、」
「なんか魔族っぽくないっていうか」
「んぐっ」
ホムラくんの鋭い一言に、飲みかけた水を噴き出しそうになった。
「リリ、大丈夫? 零れてないか?」
「それは僕も思います。あまりにも甘すぎる」
私の口元を袖で拭おうとするソラを制するようにサッとナプキンを差し出してくれるナギサくんまで、ホムラくんに加勢し頷く。
「変、かな……」
段々とこの世界に染まりつつある実感はあるけど、みんなと違う空気なのだとしたら……、きっと前世の記憶があるからだ。
もし打ち明けたら皆は、どんな顔をするんだろう――。
「オレは好きだよ」
秘密を抱えている後ろ暗い気持ちを両断するような、キッパリとしたソラの声。
反射的にソラを見れば、とても真っ直ぐな澄んだ瞳と目が合う。
「だからそのままでいて?」
私を安心させるかのように、ふわりと微笑まれる。
向けられる優しさに堪らなくなった私は、人型だけどいつもみたいにソラに抱きついた。
「……ありがとう、ソラ」
「ん」
ぎゅうっと抱き返してくれるソラの温かさに安心する。
心地良すぎて抜け出せなくなりそうだ。
「ちょっ、オレだって優しいリリちゃんが好きなんすからね!」
「……犬のドヤ顔が心底ウザいです」
「羨ましいだろう。人型でもリリから抱きついてくれるなんて、滅多にないからな」
ソラはブンブンと尻尾を千切れんばかりに振り、勝ち誇ったように言う。
私は否定も肯定もする気が起きず、ソラの温もりに身を任せ続けたので、二人がどんな顔をしていたのか知らない。
翌朝。
ホムラくんはちゃんと自分の想いを伝えてくると、兄様が朝の訓練をしている庭へ竜の姿で飛んで行った。
上手くいくように祈ろうと思う。
――そうして事件は起きた。
ドオンッ!! と大地を割くような爆発音が、突然お城中に響いたのだ。




