157話 人型になった兄弟
「ホムラくん!?」
聞き覚えのある明るい声に、勢いよく振り返ってみれば。
そこに立っていたのは、鍛え上げられた肉体を惜し気もなく晒した露出度高めのアラビア調衣装を着た美青年。
燃えるように赤い髪を片サイドだけ後ろに流し、意志の強そうな瞳は白銀。
褐色の肌と白い衣装のコントラストが壮絶に色っぽい、二十代半ばくらいの大人の男性だ。
驚き固まる私に美青年は少し照れ臭そうに笑った。
「どうっすか?」
「び……美形!!」
口調からして近所の兄ちゃんみたいな親しみある感じになると思っていたのに、世界的モデル級の造形美を誇っている。
しかも立ってるだけで醸し出されるフェロモンが半端ない。
誰だこれは!?
「ホント? やったね」
人型ホムラくんは呆然としている私を引っ張り起こすと、そのまま自身の胸に閉じ込めた。
さらには感触を確かめるようにギュッと腕に力を込め、首筋辺りの匂いをすんすんと嗅いでくる。
「うわあ、リリちゃん柔らかいし良い匂い。人だとこんなに密着できるんすね」
ふ、触れ合いが念願だった気持ちは分かるけど超絶恥ずかしい……!!
喋り方も声も同じなのに、ホムラくんだという認識がまだ薄いと言うか露出度高いから肌が! 大胸筋が目の前に!
「兄貴やりすぎ」
「いでっ」
登場するなりホムラくんの頭に手刀を落とす、スラリとした青年。
サラサラとした髪は絵本の王子様のように綺麗で白く、少し気だるげな印象を与える瞳は澄み渡るスカイブルー。
ホムラくんより若干小柄ながら、似た衣装から覗く褐色の肢体は無駄なく筋肉が付いていて目のやり場に困るほど。
またとんでもない美形だった。
「アイスくん……なの?」
「うん。こんな感じになったよ」
どうなってるの、この兄弟!
「まだ違和感だらけだけど、変じゃない?」
「むしろ完璧すぎて変」
「ふっ。何それ」
クスクス笑うアイスくんは、顔面偏差値が高いこの世界でも群を抜いて目を惹く。
竜種にはこう見えていたなら、そりゃモテますわ……。
「シアちゃん的にアリ? ナシ?」
「ナシって言う女の子はいないよ。ね、イノリちゃん?」
『……う、ん。……多分?』
よく分かっていないのか、疑問符を浮かべるように答えるイノリちゃん。
ピュアすぎる……っ!
「あれ、いつの間に仲良くなったんすか?」
私を後ろからハグする体勢にシフトしたホムラくんが、首を傾げ覗き込むように訊いてきて実に心臓に悪い。
「えっと、ホムラくんとアイスくんを待ってる間に話し掛けてくれて」
「へえー。珍しい」
「イノリちゃんが可愛すぎて、完全に挙動不審だったよ私」
「どういう状況っすか、それ」
ホムラくんが笑う度、吐息が耳に掛かってくすぐったい。
落ち着かなくて身じろぎしてしまうと、アイスくんがしれっと爆弾を投下した。
「兄貴。そろそろ交代してよ」
「アイスくん!?」
「なっ、嫌っすよ! せっかく傷付けないで触れるようになったんすから!」
「ボクも人同士で触れ合ってみたいって言ったじゃん」
「じゃあオレがやってやるっす」
「やだよ。何が悲しくて筋肉野郎に抱き着かなきゃいけないの」
いや女子が喜ぶ絵になると思う。薄い本が捗っちゃう。
「あ。魔人の兄さん」
マンガ読みたいなぁとか呑気に考えてたら、ホムラくんの後ろをアイスくんが指差した。
「ぅえッ!?」
「兄様!?」
驚いたホムラくんの拘束が緩むと同時、つられて振り向けば反対側にグイッと引っ張られた。
ぽすんと倒れ込むように凭れ掛かったのは、また褐色の胸板。あれ!?
「嘘だよ。おぉ、こんな感じなんだ」
「こら、アイ! 騙したっすね!?」
「まさかこんな簡単に引っ掛かるとは思わなかった」
私の頭を優しく撫でながらサラリと毒づくアイスくん。
同じく騙された身としては複雑な心境である。
いや、本当じゃなくて心底よかったと喜ぶべきなのか。
「ちょっと強引だったかな。ごめんね、シアちゃん」
少しだけ離してくれると、アイスくんがしゅんとした顔で見つめてくる。
なんという破壊力。とりあえず心の中でシャッターを押しまくった。
「怒ってないよ。ビックリはしたけど」
「よかった。ありがと」
再びぎゅむっと離れた分の距離を詰め、サラサラの髪をすり寄せてくる。
ソラっぽい仕草に思わずキュンとしてしまった。
私が首元に抱きつくと、ソラは必ず頭をすり寄せて返してくれるのだ。もちろん本来のモフモフバージョンでの話ですが。
「あー。これはクセになりそう」
「待て待て、アイ! お前だってやりすぎっすよ!」
『……ずる、い』
ふいにイノリちゃんが少しだけ怒ったように呟き、我に返った。
まずい。幼なじみを取ったみたいになってる!
「ふ、二人とも! イノリちゃんにもハグしよう!? 仲間外れ禁止!」
『イノリも……リリシアちゃんともっと仲良く、したい』
え、私なの? 大歓迎しかないよ。
『儀式、してくる』
そう言い残しバサッと翼を広げ飛び出していくイノリちゃん。
ええええーー!?
「……もしかして、イノリちゃんに踏ん切りを付けさせる為に、わざと密着してた?」
「? 何がすか?」
「違うよ?」
ただの思い過ごしだった。知的好奇心に赴くままだったようだ。
「相当痛そうだったけど、イノリちゃんにも耐えられそうなものなの……?」
「うーん。どうっすかね」
「生半可な気持ちじゃ無理じゃない? でもイノリちゃん負けず嫌いなとこあるから、案外大丈夫だと思う」
あんまり無理そうなら竜神妃様が止めてくれるらしい。
なら大丈夫……なのかな。
その竜神妃様はというと、二人が暴れて壊した建物の修復中だそうだ。二人は邪魔だからと追い出されたそう。
それこそきっとワザとだと思う。
私たちが早く会えるように、してくれたんじゃないだろうか。
「二人はもう痛いところないの?」
「全然ないっす! むしろ身軽っすね」
「ボクも」
「よかった……。って、そういえばアイスくん、氷竜なのに冷たくないね。人型だから?」
ハグされた時に感じた体温が、私と変わらないぐらいだったのを思い出す。
竜種の体表――もっと言えば鱗には属性が表れる。
火竜なら燃えるように熱く、氷竜なら凍る程冷たい。それは素材にすれば耐性となるのだが。
でも散々くっついた竜型ホムラくんも、熱過ぎたりはしなかった。
どうなってるんだろう?
「人型だと多少和らぐみたいだけど、何もしなければ属性の特徴そのままだよ。だから自分で加減してるんだ。冷たいの嫌でしょ?」
「すごい! そんなことまで出来るんだね」
「リリちゃん、知らずにオレらと接してたんすか……?」
「うん。頭からスポーンと抜けてた……。ホムラくん私が火傷しないよう、ずっと調節してくれてたんだね。ありがとう」
「えへへ。万が一でもリリちゃんに傷なんか付けられないっすもん」
「なら危険人物は離れなよ」
「は、はぁ!? アイこそ一瞬で凍傷もんじゃないっすか!」
……どっちもどっちだよね。さすが魔物の頂点。まさに触れるな危険。
白竜であるイノリちゃんは、熱くも冷たくもなく、気分がふわふわとするような感じだった。マイナスイオン浴びたみたいな。癒し効果抜群。
「兄貴と違って普段から加減してるから平気だよ。うっかりもしないし」
「お前、兄ちゃんが嫌いなの?」




