155話 始まる儀式
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秘術を行うにあたり、揃って別室に移動することになった。
さっきまでいた部屋は『御目通りの間』と言って、誰でも訪れることが可能なのだそう。要は竜神様に拝謁する為の場所だ。
だから一般訪問者が立ち入れない、プライベートな空間にお邪魔させてもらうことになったのだけれど。
通された一室は細々とした家具や生活用品が一切無く、ミニマリストをも超えるスッキリさだった。
ソファーなんかがあったところで座れないからかな? と思ったら、普通に余ってる部屋だっただけというオチ……。
まあ、住人の数に対して建物が大き過ぎるしね。
『では始めますわよ』
竜神妃様の一言に、思わずゴクリと喉が鳴る。
私がするわけじゃないのに妙に緊張してしまう。
『まずはリリシアさんから頂いた血液を飲み、身体に馴染ませます。そこまでは簡単。次からが試練ですわ』
『試練……すか?』
『人になりたい想いを込めながら、ひたすら詠唱し続けるんですの』
『? そこまで大変じゃないんじゃない?』
確かに聞く限り普通だ。
『激痛が伴いますわ。羽根をもがれ、角や牙を折られ、鱗を剥がされるような感覚に、終始襲われますわよ』
『えっ』
『はあ!?』
何それ想像するだけで無理ッ!!
『……怖、い』
イノリトワさんもチワワのようにぷるぷると怯えている。
『あくまで錯覚――実際にそうなるのではなく、徐々に形を変えて行くだけですけれど、耐え得る覚悟がないならおやめなさい。それを超えてもなりたい者だけが許される術なのです』
生まれ授かった本来の姿を強引に変えるのだから当然、と竜神妃様は付け加える。
固有スキルがあるソラですら、一番最初に人型化する時は苦しそうにしていた。
それがないホムラくんたちなら尚更、ってことだろう。
だとしても怖過ぎるよ……。
『オレはやるっす』
しかしホムラくんの気持ちを削ぐには至らなかったらしい。
間髪入れず続行を宣言する。
どれだけ切望していたのか、充分すぎるほど伝わる迷いの無さだった。
「竜神妃様、どれくらい時間が掛かるものなんですか?」
即決したホムラくんは凄いけれど、これは事前に聞いておくべきだと思う。
一瞬だけ耐えればいいのかそうじゃないのかで、大分事情は変わってくる。
『想いの強さに比例する、と言われていますわ。強ければ短く、弱ければ長い。ですが生命力と魔力が強い魔人の血となると、作用も大きい。大幅に短縮されると思いますわ』
『ふーん。おばさんの時は?』
『わたくしが飲んだのも魔人の血。それも相当魔力の強い者でしたから、一刻で済みましたわ』
「一刻!?」
思った以上の無茶ぶり具合だ。もはや拷問以外の何物でもないじゃん……。
激痛に耐え続けなければならないなら、相当長く感じるはず。
『やめるなら今の内ですよ』
竜神様の問い掛けに、ホムラくんは首を横に振る。
アイスくんはどうするのかと思ったら、『やるよ?』と軽く言うから驚く。
私ならやめる自信がある。
『イノリはどうしますの?』
『……うぅ……』
否定も肯定も出来ず迷っているようなイノリトワさん。
そりゃそうだよね。痛いのは誰だって嫌だ。
「イノリトワさん。今日はやめておいて、今後したいと思える時が来たらでいいんじゃないでしょうか。自分の身体のことですし、ホムラくんたちに合わせて焦ってする必要はないと思いますよ? もし血が必要になったら、いつでも協力しますから。ね?」
『! ……う、ん。あり、がと』
いきなり私に話し掛けられたイノリトワさんは驚いたみたいだったけれど、おずおずと一生懸命にお礼を言ってくれる。
なんて可愛いの萌え死ぬ。
『さすがリリちゃん。マジ天使っす!』
「いやイノリトワさんでしょ! あんな庇護欲を掻き立てる要素、私にはないです」
『どっちも可愛いよ?』
アイスくん。そんな気を遣わなくていいんだよ。
『ではイノリはやめるんですわね? なら二人で半分ずつ、頂いた血液をお飲みなさい。残りをお返しするのも変な話ですし……』
『了解っす。リリちゃん、もらうね』
ホムラくんは私から血液入りの瓶を器用に前足で受け取ると、グイッと呷る。
残りを渡されたアイスくんも同様だ。
『…………まずいっす』
「え、」
『リリちゃんの血なのに、美味しいと思っちゃった……』
『葡萄酒っぽいね』
私の血液ってフルーティなの? そんなバカな。
過去の事件とかで口の中切ると錆鉄味しかしなかったよ。
『二人ともわたくしに続いて詠唱なさい。その呪文をただひたすらに唱えるんですわよ』
コクリと頷いた二人を見て、竜神妃様は詠唱を開始する。
『××××××、××××××××××。×××××××××××××、×××××××××××××××』
な、何を言ってるのかサッパリ分からない……。
意味が分からないとかじゃなく、まるで聞いた事がない言語なのだ。
しかしホムラくんとアイスくんは、難なく同じようにスラスラと繰り返している。
「あの、竜神様」
『な、何ですか?』
ビクッとなる竜神様。まだ慣れてくれませんか。
「ホムラくんたちは何語を喋っているんですか?」
『……あれは古竜語と言って、遥か昔のご先祖様方が使っていた独自の言語です。他の種族とも意思疎通を図る為に、段々と廃れていったそうですが』
「なるほど、だから聞き取れない……。って、ホムラくんたちはよく喋れますね」
『ギュオたち――竜王一族には、話せるよう教えてありますから』
竜神一族と竜王一族には、伝統として今でも継承されているらしい。
ちなみに詠唱内容を簡単に訳すと、この身を人型に変化することを望む――という感じだそう。
「もう一つ質問しても構いませんか?」
『ど、どうぞ』
「今こうして竜神様と言葉がきちんと交わせるのはなぜですか? 亜種は喋れるということしか知らなくて、不思議だったんです」
『ああ。それは私が張った結界の中にいるからです。さすがに古竜語は対象外ですが、発した声が言葉として自動翻訳されるよう、特殊な魔法を編み込んでいます。ここには竜人もいるので、意志が伝えられないと争いの元になりますから』
「! すごいですね!」
ぜひともその魔法を知りたい!
魔の森にいる数多のもふもふたちと話せるチャンス!
訊いてもいいものか思案していると、突然部屋全体に閃光が走った。
「な、何ごと……!?」
『通過儀式が始まったのですわ』
ホムラくんたちの傍から戻って来た竜神妃様が、私を庇うようにして説明してくれる。
少しだけ顔を覗かせて様子を窺えば、二人の足元には見たことのない文字の魔法陣が描かれていて、そこから発光しているようだった。
直後にホムラくんが耳をつんざくような咆哮を上げた。
断末魔に似た絶叫を、理性を失くしたように全身で発している。
その衝撃に建物全体が揺れ、パラパラと天井から石の破片が降ってくるほどだ。
「ホムラくん……!」
『ギュオ……』
イノリトワさんも私の横でオロオロする。
竜神様がイノリトワさんに寄り添うようにそっと触れていた。
『わたくしたちは部屋を出ましょう。直に暴れ出しますから危険ですわ。……後は本人たちに任せるしかありませんし』
「っ、……はい」
竜神妃様に促され部屋を出る。
そうしている間もひっきりなしに轟音が響き渡り、アイスくんも加わると更に激しさを増すばかりだ。
『大丈夫ですわ。あの子たちは強い』
私を安心させるように、竜神妃様が大きな翼で背中を包んでくれる。
……どうか少しでも早く終わりますように。
私に出来ることは、ただ心から祈ることだけだった。




