154話 ホムラくんの願い
「人型になる、秘術……？」
ホムラくんみたく純粋な竜種が人型になれるなんて話は、聞いたことも本で読んだこともない。
竜人は人間とのハイブリッドだから可能。獣人もそうだ。
ソラは天狼の種が持つ固有スキルがあるから出来ている。
『代々竜神一族に伝わる魔法の一つらしいっす。お忍びで外の様子を知るのに役立つとかで』
「そ、そんなものが？」
『あるんすよ。おばさんが白竜姫の泪を作ったきっかけの友達だって、人型になってこの竜の住処から下りた時にできたんすから』
『それって子どもの頃、寝物語に聞かされてたやつでしょ？ さすがに話を盛ってるんじゃないの？』
『ありますわよ』
『え……。マジなんだ』
アッサリ認めちゃった!!
秘術だよね部外者がここに居ますよ……？
『ですがギュオ、どうしてその様なことを？』
『……すっと前から思ってたんす。オレ今リリちゃん家に居候してるんすけど、そこにはオレ以外にも魔物がいて、そいつは人型になれる種族なんす』
ソラのこと、だよね。
『オレは亜種だから会話は出来る。でもさっきみたいに気軽に触れ合うことは、出来ない……。みんなと同じ感覚でいられないことが、寂しいと思うようになったんす』
「ホムラくん……」
そんな仲間外れみたいな気持ちになってたなんて、全然気が付かなかった。
「……ごめんね、気付かなくて」
『リリちゃんは何も悪くないっす。いつだってオレに優しくしてくれるの、リリちゃんすもん。オレが勝手に羨んでただけっすよ』
いつもは飄々としてるホムラくんの悲しげな本音。
堪らなくなり大きな身体に抱きついた。
『り、リリちゃん!? 痛いでしょ放して!?』
「嫌だ。放さないよ」
人の家で何してるとか、この際気にしない。
竜神様たちには申し訳ないけれど、ホムラくんに少しでも好きな気持ちを伝える方が、今は何より大事だから。
ちょっとだけ見逃してください。
きっと言葉より行動の方が伝わる。そう思い両手を目一杯伸ばしてぎゅっと力を込めた。
ホムラくんは最初身を硬くしていたものの、私が離れないでいると四枚の大きな翼で包み込むように返してくれる。
とても暖かくて、ホムラくんの性格そのものみたいだ。
二人して無言のまま抱きしめ合い暫く経った頃、竜神妃様の優しい声音がホムラくんに告げた。
『分かりましたわ。教えましょう』
『！ 本当っすか……!?』
私も驚いて振り返れば、竜神妃様はとても穏やかな雰囲気で頷く。
『ええ。貴方たちの仲睦まじさに心を打たれましたわ。いいですわよね、アナタ？』
『ギュオのことは信用していますし、いいでしょう』
『っ、ありがとうございます！』
ホムラくんが少し震える声でお礼を言うと、頭上から透明な雫が次から次へと落ちてくる。
見上げれば涙の雨だった。
「……よかったね、ホムラくん」
『うん……！ ごめっ、リリちゃん。涙で濡れちゃう……』
『はいはーい。じゃあボクにも教えてよ』
そんな感動の場面に遠慮なく突っ込んでくるのはアイスくんだ。
『はあ!? 何でっすか！』
ビックリし過ぎてホムラくんの涙も止まる。よかっ……いや、うん微妙。
『面白そうだし。ボクも人同士として触れ合ってみたい』
『リリちゃんとはさせねぇっすよ!?』
『なんで』
『自分の胸に聞いてみるといいっす。主に恋愛遍れ――』
『どういう意味かな？』
食い気味に反論するアイスくん。
なぜだろう。優しい声なのに冷たさを感じる……。
『……私も、やってみたい』
傍観していたらイノリトワさんまでおずおずと参加し始めた。
みんな人型に興味津々らしい。
「あの、竜神妃様。逆に純人型から竜に変化できる秘術はないのですか？」
『わたくしが知り得る限りではありませんわね。元々あるものを体内に納めたり形を変えたりすることで竜の姿から人型になれますけれど、人は鱗も羽根も生やせませんでしょう？』
「無理ですね……」
いくらチートボディだって限度はある。
残念。あるなら教えて欲しかったのに……。
「でもハイブリッドでない竜が人型になるのも、結構な無理難題ですよね？」
『まあそこは秘術、ということですわ』
器用にウインクしてみせるお茶目な竜神妃様。
誤魔化された！
なんだかまだまだ他にも魅惑の魔法がありそうな気が、バンバンする。
『さあ、そうと決まったら始めますわよ。リリシアさんはどうなさいます？』
「？ 見学してもいいんですか？」
『構いませんが、見ても苦しくなると思いますわ。第一段階は人間の因子を体内に取り込むこと――血を飲み身体に馴染ませることから始まりますの』
グ ロ テ ス ク 展 開 の 予 感。
「え、遠慮します。……ちなみに血液って合法的に手に入れたものですよね？」
『ここの竜人に献血をお願いしますわ』
よかった！ 人間を攫って来るとか言い出したらどうしようかと思った。
『血なんか飲むの？ やだなぁ』
『竜人のってのがまた微妙っすね……』
『少しですから我慢なさいな』
『でも、知らない人の血……怖い』
イノリトワさんが完全に怯えモードになってしまっている。
あ。人見知りさんにいきなり人の血を飲めとか、もはや拷問じゃん……。
「私が提供します！ 竜人でいいなら魔人でも構いませんよね？」
純粋な人間でなくてもいいはず。
多少交流した（？）私なら、まだ安心できるんじゃないだろうか。
『え、ええ。問題はないですけれど……』
『リリちゃん!? ダメっすよ!?』
「ここに来る前にホムラくんに貰ったから、お返し」
『価値が全然違うっす!!』
「ごめんね。竜種でしかも亜種であるホムラくんには遠く及ばないけど……」
『逆ッ!! オレが下に決まってるでしょ!?』
納得いかない。魔人の血に利用価値はないのだ。
『シアちゃんを傷付けるのはダメだよ』
「大丈夫。というか、あんまり痛くない方法ですでに抜いてあるから」
空間魔法を使いコルク栓がされた一本の細長い瓶を取り出す。
中は七割ほど私の血で満たされている。
『り、リリちゃん!? 何でそんなもの持ってんすか!?』
「ウェンサ帝国にいた時に血が必要な事態になっちゃって。ナイフで傷付けるの痛いから、あらかじめ抜いておこうかなと」
隷属の首輪の上書き経験を生かして持ち歩くことにした。
準備しすぎて困ることはないし。
『シアちゃんて性格穏やかなのに、結構ハードな人生送ってるんだね……』
自分の血を常に持ち歩くとか、なかなか特異だという自覚はある。
ちなみにこれ抜きたて。
今日ウェンサ帝国に行った時、医療知識があるフローネさんにお願いしたのだ。
嘘みたいな極太注射器もどきしかなかったので、魔法を駆使して最新医療機器に改造した。あれは無理……。
「鮮度は保証しますが、量は足りますか？」
『三人分でも充分……。いえそうではなく、本当によろしいんですの……？』
「はい。みんながよければぜひ」
すったもんだの末、私の血で実行されることになった。
竜神様にも拝み倒さんばかりに感謝されてしまい、こちらも慌てて頭を下げるという、赤べこ二体みたいなお辞儀合戦に。
頭が低すぎませんか？
