151話 知られざる竜種の生態
「白竜……っ!?」
『え? 違うけど? ていうか、きみ誰?』
驚愕する私にコテンと首を傾げる白い竜。
ち、違うの? 真っ白な身体をしているのに?
『リリちゃん、そいつオレの弟っす』
「弟!? ホムラくん兄弟いたの?」
『二人兄弟っす。言ってなかったすか?』
「初耳……」
勝手に一人っ子だと思い込んでた。
それに白竜じゃないってどういうことなんだろう。
混乱していればホムラくんが紹介ついでに解説してくれた。
『弟は氷竜の亜種なんすけど、本来なら氷竜は水色なの、リリちゃんなら知ってるっすよね。でも弟は御白入りって言って、先祖返りの影響で色が薄いんす』
「御白入り……?」
『オレたち竜種は、竜神である白竜が始祖なんす。それで御白入り』
「な、なるほど」
白竜の遺伝子が濃く入ってるから御白入り、と。
兄弟いたとか以前に二人とも亜種で、しかも弟くんはさらにレアっぽい。
『おふくろも火竜だけど、オレとは違って色薄いでしょ? それも同じことっす』
桜色なんて珍しいと思っていたら本当に珍しかった。
お母さんからして特殊だから、弟くんに遺伝したのだろうか。
お父さんもある意味特殊だし、凄い一家だよ……。
『本物の白竜は単に白いだけじゃなくて、もっとこうキラキラしてるっすよ』
「キラキラ……」
本には載っていなかった事実がさっきからテンコ盛りだ。
会話可能な亜種自体が希少だし、コミュニケーションを取ろうなんて人はまずいないから仕方ないのだけれど。
ホムラくんが仲間になってくれたおかげで色んなことが知れて、嬉しいし役得。
『おかえり兄貴。その子、兄貴が連れて来たの?』
『ただいまっす。そうっすよ。可愛いでしょ!』
『なんで兄貴が偉そうなの。ちょっと前に破壊魔連れて来たこと、忘れてないよね? 帰って来ない兄貴の代わりに家の修復材料集めに駆り出されたの、ボクなんだけど。ボクはちゃんと避難誘導してたのにさ』
なんてこった。とばっちり二人目がここに。
ホムラくんの頭上から飛び降り、土下座の体制に入ろうと地面に両膝を着けば。
『リリちゃん!? 謝罪はもういいっすから!』
『ん? きみ、襲撃犯の関係者?』
「妹です。ごめんなさい……」
『へぇ、そっか。お互い困っ――変わった兄を持つと大変だね』
弟くんは責めるどころか大きな翼で包むようにして私を立たせ、器用に頭をポンポンしてくる。
い、イケ竜……! 間違いなくモテるぞこの子!
困った兄と言いかけてぼんやり誤魔化してくれる配慮といい。
『変わった兄ってオレのことっすか』
『他に誰がいるの』
『お前だって大概っすよ!』
『うっかり従魔にされてる兄貴に言われたくない』
『ぐぬぬぬ……!』
家族みんなから従魔にされたことを突かれるホムラくんが可哀想。切実に。
とはいえ、目立つし隠せる代物でもないんだよね……。
『アナタたち。立ち話はその辺にして、お客様を家へ案内して差し上げなさい。リリシアさん、ゆっくりしていってちょうだいね。ほら、行くわよアナタ』
『おまっ、仮にも旦那様を足蹴はやめなさい! リリシアちゃん、またな!』
ギャンギャン言い合いながら飛び立つ竜王夫妻。
残された私はポカンである。
『母さんたちはどこ行ったの』
『ぅえ!? け、結界の外を様子見に……とか』
『ああ。誰かいるよね。ずっと気になってたんだ』
『…………オレの主っす。同時に襲撃犯でもあるんすけど』
『え』
ホムラくんと私を交互に見る弟くん。気まずい。
『兄貴、いつからドMになったの』
『仕方なかったんす! だからその可哀想なものを見る目やめて!』
『そうだね、ご褒美になっちゃうよね』
『まじ勘弁しろっす』
弟くんは『冗談だよ』と躱すやいなや、クルリとこっちを向いた。
『気が利かなくてごめんね。お茶淹れるからどうぞ』
急に現代社会人ばりの常識対応!
どうやって淹れるのか謎すぎてもツッコめない。
「いえ、お構いなく。えっと――」
『? あ、名前か。ボクはアイシュクラス。好きに呼んでいいよ』
「じゃあアイスくん……とかでも?」
舌を噛みそうな名前だったので、氷竜に関連付けて省略させてもらう。
『うん。なんか新鮮』
「私はリリシアです」
『可愛い名前だね。どうせだから兄貴とは違う呼び方にしようか。んー……、シアちゃんとかどう?』
「はい。ぜひそれで」
『別に敬語じゃなくて普段通りに喋ってくれたらいいよ』
自己紹介しながら、さり気なく家の方向へエスコートしてくれるアイスくん。
どこまでイケ竜なの!
『アイがリリちゃんといい感じになってるーー!!』
『別に普通でしょ。モテない兄貴には分かんないかもしれないけど』
『酷い。真面目に傷付いた』
モテないのかホムラくん……。
こんなに優しくて面白いのに。
そういえば、竜の美醜はどうなっているのだろうか。
ホムラくんもソラみたいに人型になれたら、どんな感じになるんだろう。
『それより兄貴。帰って来たなら、まずおじさんたちの所に挨拶に行きなよ』
アイスくんが真ん中にある神殿を顎でクイッと指す。
『あ、そうだった。リリちゃんを引き合わせるのが目的だったっす』
「待ってホムラくん。おじさんてまさか……」
『竜神っすけど?』
「気軽すぎない!?」
『だって生まれた時からお隣さんだし』
そりゃお隣に住んでる人は、おじさんとかおばさんって言うけどさ!
神様だよね?
『シアちゃんはおじさんに会いに来たの?』
「えっと、白竜姫の泪のことで竜神妃様に会わせてもらえないかって、ホムラくんにお願いしてここに来たの……」
『ふーん。そんなの要らないぐらい強そうだけど』
『リリちゃんが付けるんじゃないんす!』
なぜか得意気に答えるホムラくん。
間に挟まれた私はさっきから二人を見上げるのに首がちょっと痛い。巨人の国に来たような気分だ。
『なんか面白そうだね。ボクも付いて行っていい?』
「うん。もちろん」
こうしてアイスくんもパーティに加わり、古代遺跡のような神殿へと乗り込んだ。
そして中に入った私の感想。
デカい!! 凄い!! 綺麗!!
なんとも頭の悪いこの三語に尽きた。
決して豪華な造りではないけれど、一切の無駄がなく整然と石が積み上げられた建物は清廉さがあり、中の空気を吸う度に浄化されているような気分になる。
「って、感動してる場合じゃなかった!」
『リリちゃん?』
「私、勝手に入って怒られない? 呼び鈴的なものがないから、入って来ちゃってるけど……」
『いいんじゃない? ここもボクらん家みたいなものだし』
どこまで親密な関係なの!?
「でもこの竜の住処自体、本来なら竜種以外は立ち入り禁止なんだよね……?」
『まあそうっすね。万が一怒られたら、リリちゃんはオレが守ってあげるっすよ!』
『いや無理でしょ。兄貴、おじさんに勝ったことないじゃん。向こうは戦闘タイプじゃないのに』
『ちょ、今それ言う!?』
『事実だし。できない約束はしちゃ駄目だよ。女の子相手なら尚更』
『ぐはっ……!』
グサグサと言葉の刃が突き刺さったホムラくんに、あっという間にK.Оのゴングが鳴った。
「ほ、ホムラくん! 気持ちは充分伝わったから! 嬉しかったよ!」
『リリちゃん……!』
『はい着いたよ』
クールなイケ竜アイスくんが重厚な扉の前で止まる。
左右対称に荘厳な竜の図が描かれた、文化価値の高そうな大きな扉だ。
「こ、この先に竜神様が……」
『おじさーん、ボクだけど入っていい?』
「アイスくん!?」
てっきり形式ばった入室の許可を求めるのかと思ったら、なんとも軽い挨拶をするから驚く。
『大丈夫。いつもこんなだし』
まじですか。ここに来てからカルチャーショックが止まらないよ。
『――構いません。入りなさい』
茫然自失な私の耳に届く穏やかな低い声。
同時に触ってもいない石の扉がギイイイと重たい音を立て、勝手に開いていく。
今のが竜神様の声……?
『さ。行こうか』
気軽なアイスくんに反し、緊張で思わず喉がゴクリと鳴った。




