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143話 誓い

 悪魔商会の行商さんから必要なものを買い、現在夕食。

 約束通り兄様の部屋で一緒にご飯を食べている。いや、食べさせられている。

 だだっ広い部屋だというのに、一脚のソファーで密着して。


「リリ。口開けて」

「っ、兄様! もう勘弁してください……!」

 隣に座るのはまだいいとして、なぜか最初から『あーん』をしてくる兄様。

 いい加減、私の心臓が持ちません! 破裂する!

「腹一杯なのか? まだ半分も食べていないぞ」

「いえ限界です……」

 萌えの摂りすぎで胃酸過多だよ。


 しかし目の前のソファーテーブルには、まだまだ残ったままの料理が並んでいる。

 赤ワイン煮込みの蕩けるお肉、焼き立てでパリッと香ばしいパン、新鮮な魔草のカラフルサラダ等々のフルコースがズラリだ。

 先が長い。

「口に合わなかったのなら、キリノムを処刑しておくが」

「めちゃくちゃ美味! やっぱりもう少し食べようかな!」

「ふっ」

 クスクスと笑う兄様。は、嵌められた!


「ほら、あーん」

 観念して口を開ける。

 優しく丁寧に食べさせられるけど、味が全然分からない。

 視界の暴力が凄すぎて味覚が仕事を放棄したせいだ。

 かろうじて食材の硬さが分かるぐらいで、美味しさ半減どころではない。

 キリノムくんと厨房スタッフの皆様ごめん。せっかくの料理なのに……。

 普段はちゃんと味わって食べてるから!


「兄様、これ楽しいのですか……?」

「凄く。毎日したいくらい癒される」

 それ私にとって拷問です。食事の楽しみが奪われるよ。

「リリ。少し口の端にソースが付いている」

「ぅえ!? どっちですか?」

「こっち」

 ちゅっと音がしたかと思うと、ゼロ距離で映る兄様の綺麗な顔。

 瞬き後にはスローモーションの様にゆっくりと離れて行った。

「……へ?」

「もういいぞ」

 極上の笑みを浮かべ、兄様は何事もなかったように自身の食事を再開する。


 …………い、いやいやいや。

 なぜ口でする必要が!? あと真ん中に近くなかったですか!?

 そもそも、ちゅーで取れるの!?

 パニックのあまり怒涛の脳内ツッコミが止まらない。

「どうかしたか?」

「な、何でもないです!」

 気のせい! 気のせいということにしておこう! 兄様だって普通だし!

 落ち着く為に兄様の部屋に視線を移すことにした。

 視界から強制ログアウトだ。


 兄様の部屋は黒とダークグレーを基調とした内装で、シックで格好良い印象。

 そして相変わらず物がない。

 ベッド、ソファー、テーブル、時計、以上である。

 最低限がすぎるよ。

 空いているスペースでバスケとか出来るんじゃないだろうか? ってぐらい有り余ってる。

 空間魔法という無限収納があるとはいえ、私の部屋とは大違いだ。

 兄様はあまり物欲がないのも一因かもしれない。


 あ、でも服だけは例外。

 軍服を着ている時間が長いけど、私服はとてもオシャレで素敵なコーディネートを披露してくれる。

 メイドさんがこぞって恋する乙女の顔で見惚れるくらいに。

 ちなみに私はクローゼットに知らない内に増えているものを着ている。

 犯人は両親と兄様。断わってもクローゼットに結界を張っても、いつの間にか増えているのである。なぜそこまでするの……。


「あの、兄様」

「何だ?」

「ホムラくんが何か言ってきませんでした?」

「ああ。リリを連れて里帰りがしたいと言ってきたが」

 綺麗な所作で肉を切り分け、自らの口に運ぶ前に兄様がチラッと私を見る。

 目を合わせて話してくれないことに、訊くまでもなく嫌な予感がする。

「それで許可は……」

「出すと思うか?」

 ……ですよね。


「お願いです兄様。少しだけホムラくんとの時間を私にください」

「駄目だ。倒れたばかりだろう」

「もう平気ですよ?」

「リリ。俺がどれだけ心配したか分かっているのか……?」

 ガシャンとやや乱暴にナイフとフォークを置き、兄様は今にも泣き出しそうに顔を歪めて見つめてくる。

「に、兄様……?」

「……リリの気配が完全に消えた時、どんな気持ちだったと思う? 任務を放棄して駆けつける事も叶わず、念話で探りを入れても誰も状況が分からない。生きた心地がしなかった……」

 心臓当たりの軍服をシワになるほど握り込み、苦しそうにする兄様。

 こんな表情は一度も見たことがない。

 私まできゅっとなる。


「そんな風に、思ってくれてたんですか」

「普通に見えたか? 城に帰ってから執務室でリリと会う前、父上と母上に激昂するなと散々釘を刺されたからな。……リリが望まないと」

 父様たちがキリノムくんにしたみたいな事にならないよう、説得してくれていたらしい。

 それであんなに落ち着いてたんだ。

「ごめんなさい、兄様。いつも心配ばかりかけて」

「いっそどこかに閉じ込めておくか」

 突然私を引き寄せ、いつもより少しだけ強めに抱きしめてくる。

 まるで腕の中に閉じ込めるように。


「……兄様、それだけは嫌です」

「分かっている。本当にそんなことをしたら、リリは笑ってくれなくなるだろう?」

「はい。きっと生きている意味を見失ってしまう」

 この世界に生まれ変わってから、いつでも自分の意志で動ける楽しさを知ってしまった。

 もう息を殺すように部屋の隅で耐えていた前世の幼い自分には戻れない。

「なら一つだけ約束してくれ」

「何をですか?」

「必ず生きてここへ帰って来ると」


 まるで戦争映画みたいなセリフだけれど、兄様が気にしているのは古代魔法の蘇生のことだろう。

 奇跡の魔法にも成功させる為の条件があるのだ。

 蘇生は時間が経つほど難度が上がり、一日経てば体内の魔力が抜け切ると同時に生命力とも完全に乖離され、不可能となる。

 これはどんなに魔法が得意な者でも覆せない絶対条件。

 タイムリミットが鍵となっている。

 今回は仮死毒だったしキリノムくんが近くにいてくれたからよかったものの、そうでなかったならどうなっていたか分からない。


「分かりました。約束します」

「必ずだぞ」

「……兄様もですよ?」

 どんなに強くたって物事に絶対はないのだ。

 任務に赴く兄様の方が、よほど危険で心配だよ。

「ああ。リリが望むなら誓おう」

 兄様は私を解放すると手の甲に誓いのキスを落とす。

 一切余計な感情がない、只々真摯な態度で。


   * * *


 結局それ以上は頼むことが出来ず、日を改めることにした。

 でも早い内には行きたい。

 駄目なら駄目で次の方法を探さなければならないからだ。

「では兄様、私はこれで」

 食事を終え部屋に戻ろうと立ち上がると、兄様が眉尻を下げて困った顔を向けてきた。


「なんだか元気が無くなってしまったな。言い過ぎたか……?」

「いえ、そんなことはありません。思った事をちゃんと言ってくれて嬉しかったです。それだけ心を寄せてくれている証でしょう?」

 正直な気持ちを相手にぶつけるのは簡単じゃない。

 勇気だっていることだ。

 この人なら受け止めてくれると、信頼ができる間柄でなければまずしないはずだから。


「リリ……」

「じゃあ、おやすみなさ――」

「あまり可愛いことを言うから、帰したくなくなった」

 言い終わる前に兄様の腕に捕らわれ、耳元で甘く囁かれる。

「離れたくない。傍にいてくれ」

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