141話 レア度は良い勝負だと思う
ドキドキしながら役に立ちそうな本を数冊選び終え、自室へと戻ってきた。
帰りは転移魔法でサクッと帰還した。
動揺が大きすぎて徒歩では安全性に欠けるからだ。
他意はないとはいえ、普段のリドくんとのギャップが強過ぎたよ……。
「何かあったんですか?」
「ないよ!? というか、ナギサくんこそ何もなかった?」
一応、攻撃されたような気配は感じなかった。
もし変だと気付かれたとしても、常時結界を身に纏っているなんて明らかに訳あり。そう簡単には突っ掛かったりしてこないはずではある。
よほど魔力に余裕がなければまずしない上、高度な魔力コントロールが必要になるからだ。
しかも周りの邪魔にならないよう身体に隙間なくピッタリ張るのって、最高難易度もいいとこだからね……。
だから身体は万全だと思うけれど、さすがに会話までは把握できない。
「驚くほど何も起きませんでした。むしろ遠巻きにされていた気がします」
「ならよかった……」
「結界のお陰ですか」
「半分は。残りはセリちゃんたちが気に掛けてくれていたからかな」
「……そうですか」
複雑そうにナギサくんは納得する。
一方的に守られているだけの状態は嫌だと、結界防御案を提案した時に言われたのだ。でも危険すぎるから無理矢理に折れてもらった形。
魔族の巣窟に居てそう思えるナギサくんは強い。
私なんかよりずっと。
「で、何か目ぼしい本はありましたか? 早く自力で出歩けるようになりたいのですが」
「うん、何冊か借りてきたよ」
武器・防具に関するものを筆頭に、魔道具辞典やサポート系魔法の魔導書まで。
ナギサくんの身を守る術を探す為の参考資料だ。
図書館へ行った理由はセリちゃんたちへの紹介と、これ。
魔法課程を修了したと言っても、全ての魔法を知っているわけじゃないので魔導書も借りたかったから。
世界は膨大な魔法で溢れていて、とてもじゃないが把握し切れないのだ。
「今から読むから、ナギサくんは生活に必要なものをリストに書き出してくれる?」
「はい?」
「着替えとか色々いるよね? 執事服はこっちで用意できるけど、その……下着なんかも。書き終わったら行商に来てもらうよ」
ついでに魔道具も見せてもらうつもり。
買ったことがないから何があるのか分からないけど、ドワーフの国に行かずして実物を見れるチャンスだ。
頼まない手はない。
「必要ない、と言いたいところですが、そうさせてもらいます。替えの服がないのは確かに困るので」
「じゃあこれで書いてね」
空間魔法でインク壺と羽ペン、紙を取り出すとナギサくんは一瞬固まる。
「? どうかした?」
「いえ。何度見てもアイテムボックスなしによくやるなと思いまして」
「魔人だから――いや、両親の超スペック遺伝子の賜だよ」
「努力したんじゃないんですか?」
「ノー努力……」
努力? 何それ? みたいなえげつなさ。
「へぇ……」
「あ、でも剣術はからっきしだから!」
「威張るところですか」
ですよね。
「は、話を戻します! 日用品は用意する部屋に大体揃ってるから、家具の希望があれば――」
「そこまでは必要ありません」
「そっか。でも遠慮せず書いてね」
「……はい。出世払いにしてください」
「律儀!」
ナギサくんがマイペースに書き始めたので、見るのは失礼だと思い本に視線をシフトする。
まずは魔道具辞典から。
開発は駄目だとしても高性能なものがあるなら知っておきたい。
ぶ厚い本をパラパラと読み進めていく。
最初は日常生活に馴染みのある家電みたいなものから始まり、徐々に戦闘系のものへと内容が変わっていった。
だけどどれも使える魔法の劣化版すぎて、いまいち魅力を感じない。
次はサポート系魔法の魔導書。
今日みたいに私が常時結界を張るのがベストなのだが、ナギサくんが納得していないのだ。
他に何か方法があるかな……。
パラパラパラパラ。
…………うん、ないね!
どれも人間では魔力が足りない魔法ばかり。ナギサくんが自力で何とかするのは無理だ。
そんな気はしてたけどさ、万が一と言うことがあるじゃない! なかったけど。
もう次だ次!
武器・防具便覧へと切り替える。
また一冊読み終わるかという頃、気になるものが目に留まった。
「白竜姫の泪……?」
伝承という扱いで紹介されている最後の一ページ。
雫型の宝石のような挿絵と共に、こう紹介されている。
――守護を司る竜神の子が、友の死を悼んで零した涙によって出来たとされる。守れなかった友に代わり装着者をあらゆる攻撃から守ると言われているが、所在は不明――
「なんというピッタリアイテム!」
「やっと戻って来たんですか。無視しないでください」
ソファーから立ち上がり叫んだ私を、ナギサくんが胡乱気に見てきた。
あれ? 呼んでましたか。
「ごめん、夢中で気が付かなかったよ……」
「みたいですね。こっちはとっくに終わっています」
「も、申し訳ない」
「それより何か見つけたんですか?」
「あるといえばあったけど、伝承級アイテムだったというか……」
「では無いも同然ですね」
そうハッキリ言わないで欲しい。例え事実でも。
「とりあえず話だけでも聞いてみようと思う」
「誰にですか?」
「餅は餅屋に」
「……?」
* * *
ということで悪魔商会の行商を呼ぶ前に、ホムラくん超小型バージョンにご登場願った。念話で兄様に頼んだのである。
晩ご飯を二人で食べるという約束と引き換えだった。何それ。
『ふおー! ここがリリちゃんの部屋っすかー! なんか良い匂いするー♪』
ご機嫌で部屋を飛び回るホムラくん。
ホムラくんはずっと庭にいるので、ほとんどお城の中に入ったことがない。
多分、兄様のせい。うるさいとか言ってたから……。
ナギサくんがノーリアクションなのが気になって見れば、絶句していた。
うん、まあそうなるよね。
「兄様の従魔であるホムラくん。亜種だから喋れるんだよ」
『どうもっすー』
ヒラリと私の膝の上にホムラくんが着地する。
火竜だから温かい。もうじき寒期が来る影響か、少しずつ気温が下がってきているので抜群の心地良さだ。
氷属性の魔法が得意だからと言って気温は別物なんだよね……。
魔法で出来た氷はあんなに平気なのに。
『はっ! 思わずリリちゃんに乗っちゃったっす! ごめんね!』
「ん? あったかいし、むしろ嬉しいよ?」
『本当……っすか?』
「うん」
『ちょ、リリちゃん! そこはダメっす! く、くすぐったい!』
羽根の付け根をこしょこしょすれば、ホムラくんがヒーヒー言って笑い出す。
本当、希少な存在だよ。
件の魔道具と同じぐらい。
「これが竜……」
「竜全般こうじゃないと思うから、迂闊に近付かないでね……」
「そんな自殺行為しませんよ」
信じ難い目で見てくるナギサくん。
ホムラくんだけじゃなく、なぜ私まで。




