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137話 問題点

四章スタートです。よろしくお願いします!

 無事にナギサくんが正式採用され、ホッとしたのも束の間。

 さっそく新たな難関に直面している。

 どうやってナギサくんの身を守るか、という死活問題だ。


 なにせそんな必要が全くないハイスペック集団しか周りにいないので、防御法なんて考えたことがない。

 私自身攻撃系魔法無効だし、安全な身の上にあるから気にしてこなかったのだ。

 唯一の救いと言えるのは前世が人間だった記憶があるおかげで、おおよその肉体の感覚が分かることだろうか。

 デッドラインの線引きが出来ると出来ないじゃ、随分違う。

 それに怪我以外にも気を配ることがある。

 病気だ。

 魔族は風邪すら引かない医者殺しボティーでも、人間はそうじゃない。

 簡単に体調が崩れるもの。そのサインを見逃せば大変なことになる。


 そうだ、過労にも気を配らなきゃ。

 一日八時間労働の週休二日制でいいかな。お給料は私が自分で稼ぐとして、収入源を探さないと。

 お小遣いで捻出することもできるけど、それはちょっと違う気がするし。

 完全な私のわがままでここにいられる許可を貰ったんだから。


「リリ。さっきから何してる?」


 昼食を終えソファーで一息ついていたソラが、私の手元にあるメモ書きを覗き込んできた。

「ん? これからの課題を書き出してるんだよ」

 えーっと、午前中はバルレイ将軍の訓練があるから、午後からバイト――って、無理だろうなぁ。誰が魔王の娘を雇ってくれるんだって話ですよ……。

 キリノムくんのお姉さん、メリゼさんのお店はダメかな? 迷惑を掛けてしまうだろうか。

 うーん……。それ以外の方法だと、素材を集めて換金するとか?


「お前、また暴走して変なこと考えてんじゃねぇだろうな」

 対面でお茶を飲んでいたユイルドさんが睨んでくる。

 流れで一緒にお昼ご飯を食べたんだよね。

「ま、真面目なプランを練ってますよ! お店で働こうとか!」

「やっぱ暴走してんじゃねぇか」

「あだっ!」

 ガスッと手刀が頭に振り下ろされた。ナイスツッコミだが痛い!

「リリ、大丈夫?」

 ソラがぎゅっと私を抱き寄せ、頭をナデナデしてくる。

 患部にちゅーするおまけ付きだ。

 な、なんだかスキンシップに拍車が掛かっているのは気のせいかな……?


「……おい、やたらとベタベタし過ぎだぞ」

 やっぱり気のせいじゃなかったらしい。

 ユイルドさんが怖い顔でソラを諌める。

「リリが死んだように倒れたのを目の前で見せられたんだ。ちゃんと生きてるって確認したい」

 魔力切れで倒れたのが相当ショックだったのか、元気のない声で答えるソラ。

 ……そういうことだったんだ。

 そりゃ一緒に育ってきた人が倒れるのを見てしまったら、少し過剰になるのも無理はないかもしれない。

 私だってきっと同じようになるだろう。


「というのが半分で、残りはただの独占欲じゃないんですか?」

 感慨に浸る空気をブッた切るような一言を放ったのは、ナギサくんだ。

 空になった食器をワゴンに乗せ終え、ソラに冷たい視線を送っている。

「人間には関係ない」

「ええ、ないです。ですが四六時中そんなものを見せられては迷惑です」

「なら離れてればいいだろ」

「執事という立場上、そういう訳にはいきませんね」

「な、ナギサくんが自ら執事宣言を……!」

「そこかよ」

 なぜかユイルドさんにアホな子を見る目を向けられてしまった。なぜに?


「あ、そういえばユイルドさん。アイテムボックスってどこで買ったんですか?」

 天狼狩り事件の時に、装備の大剣をそこから出していたのを見たことがある。

 今回のことを教訓に私も持つべきかなと考えていたのだ。

 今なら訊ける絶好のチャンス。

「その体勢のまま訊くか普通」

 ソラの抱き枕と化している私をジロリと睨むユイルドさん。

 ヤンキーな見た目なのに礼儀作法には意外と厳しいのだ。


「あ。失礼しました。ソラちょっと放してね」

「嫌だ。別に話はできるからいいでしょ?」

 ぅぐっ、へにょんと耳を垂れさせて見つめないで欲しい。拒否できなくなる!

「いやしかし……」

「ハッキリ断わってくださいよ。チョロすぎですか」

「もふもふには抗えない!」

「そこだけハッキリ言うんじゃねぇよ……」

 自覚済みの性分なので。

「もういい。アイテムボックスなら、ドワーフの国で買った。ヤツらは魔道具を作るのが得意だからな」

 呆れ気味にユイルドさんが返答をくれた。


 ファンタジーでエルフと並びお馴染みの存在、ドワーフ。

 職人気質の小人で、人間にも魔族にも味方しない中立の存在。彼らの関心は魔道具開発のみに注がれている。

 というのが、この世界に於けるドワーフの認識。

 地図上で言えばウェンサ帝国の左隣に位置するのが、ドワーフの国である。

 ユイルドさんはそこへも行ったらしい。

 ちなみに私の愛剣も彼らのお手製だ。

 父様と母様からの贈り物だったので、直接会ったことはない。


「攻撃を結界のように防ぐ防具とか売ってませんでしたか?」

 あるならナギサくんに装備してもらいたいのだけど。

「そんな都合の良いもんはねぇよ。威力軽減がせいぜい――そこの人間用か」

「はい。端的に言えば」

「この城に来るヤツらは総じて戦闘力が高い。魔力も質が良いのばかりだ。まず防ぎ切れねぇだろうな」

「そう、ですか……」

 軽減でも意味がないとは厳しい。


「この先もそんな完璧な防具が出来ることはまずねぇだろ。攻撃が一切当たらずに済む防具なんかこの世にあったら、勢力図がひっくり返るからな」

 圧倒的に数で勝る人間が魔族を滅ぼしにかかる、とユイルドさんは付け加える。

 だから開発に魔族は手を貸さないはずだ、とも。

 魔道具開発には付与する魔法を実行できる者の存在が必須。

 人間に結界を張ることは不可能。エルフでも稀と聞くし、彼ら自身も危うくなる可能性がある。

 なら確かに完成することはない。


「……全面戦争は勘弁願いたいですね」

「だったら余計なことすんなよ。ドワーフの国へ行って開発なんかしてみろ。自分の手で自分の首を絞めることになるぞ」

 おおぅ……。

 私一人でなく魔族全体の運命が変わるというなら、その案は採用できないな。

 何か他の方法を考えるしかない。

「分かりました。アドバイスありがとうございます」

「相談くらいならいつでも言え。……お前は妹みたいなもんだからな」

 私から視線を逸らし、ボソッと呟くユイルドさん。

 で、デレた!! しかも妹みたいなもんって!


「頼りにしてます、お兄ちゃん!」

「……調子乗んじゃねぇ」

 照れた顔で睨まれても全然怖くないよ。ふふふ。

「師匠……」

「……あ? 何だその目は。さっきといい、今日はえらく反抗的じゃねぇか。ヤル気なら来い。午後も訓練続行だ」

「分かった」

「えっ。ソラ、ミスティス先生の授業はないの?」

 お姉さん――フローネさんのことを先生に伝えていいものかどうか、これも悩んでいる。

 先生の口から家族の話が出たことがないのだ。ただの一度も。

 明らかに何かあると感じてしまい、決めあぐねている。


「ないよ。だからちょっと行ってくる」

 ソラは立ち上がると、私の額にキスを落としてユイルドさんの元へ向かう。

「師匠。絶対に負けないから」

「あァ? そんな殺気立てんならいつもやれ、バカ弟子が」

 何が火を点けたのか、ユイルドさんの言う通りソラはいつも以上にやる気に満ち溢れていた。

「やっと静かになりましたか」

 対してナギサくんは今日もクールボーイです。

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