136話 願いと野望
魔王執務室を出るなり、ナギサくんが扉を背にずるずるとへたり込んでしまった。
「ど、どうしたの!?」
「……さすがに魔王と魔王妃は存在感が違いますね。ただそこに居るだけで、惨たらしく殺される幻覚に囚われ動けませんでした」
そんなことないよ、と言い難いのが複雑。
「貴方があまりにも緩いので油断していました」
「さっきも言った通りポンコツだからね……。私基準に考えてたらエラいことになるよ」
「しかしそうでなければここに居ようとは思いませんでしたし、貴方までああなってしまうと私の身が持ちません。そのままでいてください」
「ナギサくん……」
これは褒められている……のかな?
「その顔は分かってないですね。もういいです」
呆れた顔でナギサくんは壁に手をつき立ち上がる。
さ、察しが悪くて申し訳ない。
「えっと、そろそろお昼だし部屋に戻ろうか。食堂やカフェテリアもあるんだけど、そっちは後々に案内するね」
「厨房はどこです?」
「? こことは別の塔の一階にあるけど」
「案内してもらえますか。でないと給仕が出来ないので」
「し、執事っぽい発言……!」
「馬鹿にしてるんですか」
若干、不機嫌になるナギサくん。
潜入する為とはいえ、ウェンサ帝国でもしていたから仕事が身に着いているのだろう。自主的に動いてくれようとしたことに嬉しくなる。
「ごめんね。嬉しいなって思っただけだよ」
「…………」
「でも身を守る対策をしないでお城を歩くのは危険だから、それからでもいい?」
ここは居住棟で私の家族や限られた人しか入れないから比較的安全。でも他のエリアはそうじゃないことを説明すれば、ナギサくんは渋々といった感じに納得してくれた。
「……分かりました」
「じゃあお昼を食べたら今後のことも色々決めようか」
「はい」
「あ! そういえば、ナギサくんて食べられないものとかある……? ごめんね、朝ごはんの時は何も訊かずに」
この世界にも風邪などの現代と共通する病気はあるので、もし食物アレルギーがあれば大変なことになる。
「何もないので心配は無用です」
「そっか。よかった……」
「そういえば、魔族も人間のような食事をするんですね。てっきり魔獣の生肉とか人間の魂を貪り食うのかと」
「もの凄い悪役像! 一流の調理スタッフが作る美食だから安心してね……」
「確かに今まで食べてきた中で群を抜いて美味かったです」
キリノムくんたちに聞かせたい。
なんて食べもの談義をしながら自分の部屋に戻る。
扉を開けた途端、中にいた先客にむぎゅっと抱きしめられた。
「リリ、お帰り」
ふわふわの耳を私にすり寄せてくるソラの仕業だ。
午前中の訓練が終わるにはまだ少し時間があるのに、今日は早かったらしい。
「ただいま、ソラ」
「だからなんでテメェはいちいち抱き着くんだよ」
「いだっ」
ガスッとソラに鉄拳制裁を加えたのはユイルドさんだ。
怖い顔でソラの首根っこを掴み引き剥がしにかかる。
あれ、ここ私の部屋だよね? ソラがいるのはいつも通りとして、なぜユイルドさんまで?
「こんにちは、ユイルドさん」
「よお。なんだ元気そうじゃねぇか」
「はい?」
「相当無茶して危ない状態だったって、ごく一部で噂になってるぞ」
おぅふ……。
ここの皆が地獄耳なのか魔力探知の弊害なのか、それともキリノムくんの報告義務か。全部だねきっと。
「ん? もしかして、それで様子を見に来てくれたんですか?」
「あんまり無茶すんじゃねぇよ」
ポンッと私の頭に手を置くと、ユイルドさんは眉尻を下げ困った顔をする。
おお! なんか貴重な表情!
と思ったら、私の後ろにいるナギサくんを見て鬼の形相になった。
「……おい。また何か余計なことしやがったな?」
「し、紹介します! 執事のナギサくんです!」
「は? 執事だと? メルローがいんだろうが」
「メルローは父様の執事でしょう? ナギサくんは私の執事です」
「どうも」
ナギサくんは能面のような表情でユイルドさんに挨拶する。
父様たちを見て大分メンタルが鍛えられたのかもしれない。
うん、そうやって少しずつ馴染んでいって欲しい。何か違うか。
「……しかもそいつ、人間じゃねぇか」
「わ、分かっちゃいました?」
「雰囲気でも分かるが、いま参謀から一斉念話とやらで通達がきた」
頭の中で電話のように一対一で会話出来る魔法、それが念話である。
一斉念話って何!? 同時に複数人に伝えてるってこと!?
ノイン参謀、いつの間にそんな便利機能を開発して搭載するようになったんですか……。
私のせいですか。連絡事項増やすから。
「とにかく! そういう事なので、もしナギサくんが困っていたら助けてあげてください」
「知るかよ。男ならテメェで何とかしろ」
「冷たい! 美少女だったら助けるんだ!」
「は、はァ!?」
「師匠最低」
「あァ……? もっぺん言ってみろコラ……」
ソラまで糾弾に加われば、ユイルドさんは徐々に赤い髪からニョキニョキと角を生やし始め、正真正銘の鬼になる。
「っ、鬼人……」
「あ。ナギサくん初めて見た? 角って格好良いよね」
「どういう神経しているんですか。ボンヤリしていてもやはり貴方は魔族ですね」
うっすらと冷や汗を流し、険しい顔をするナギサくん。
複雑な認められ方に納得がいかなかった。
――同時刻。
エルフの里。
地を這うように根が複雑に絡む大樹でグルリと周りを囲まれている、拓けた空間。
古代樹で出来た円卓には複数のエルフが座し、今回の計画についての是非を話し合っている。
「そうか。失敗したか」
「まあよい。今回は、ほんの小手先調べ。時間は有り余る程あるのだ。ゆっくりいこうではないか」
「奴も魔王と言う肩書きが付いた以上、裏に我らがいると気付いても安易に手を出すことは叶うまい」
「手を出したが最後。戦争だからな」
「魔王とは辛いものよ。他の種族が魔王を殺せば美談だが、魔王が他者を殺せば途端に悲劇へと変わる」
「どんなに和平を結び協力的になろうが、人間の刷り込みは変わらない。この世界の大多数を占めるのは人間だ。ならばその側に付いた方が賢いというもの」
「人間とは単純な生き物だからな。奴らは自分に都合の良い真実しか見ない。表面上、善人のフリをしていればよいのだから、容易いものだ」
「憐れな人間についてはそのくらいでよいだろう。して、今回の失敗者三名はどう処分する」
「犬はこちらに逃げ帰っているとか」
「我らに敗者は必要ない。見つけ次第、殺せ」
「異論のある者は……いないな。では残り二名については?」
「どちらも魔王の娘の手に堕ちた様子」
「しかも七九三番は魔王城にいると報告が上がっている」
「消すのは難しいぞ」
「ならば捨て置け。どうせ人間はすぐ死ぬ。それに魔族の巣窟なのだ。放っておいても殺される可能性は充分にある」
「確かに。漏らされて困る情報も持っておらぬし、今回の件を証言させるにしても魔族の捕虜となった人間の言うことなど、誰も信じまい」
「脅されていると思われるのがせいぜいだろうな」
「フローネはどうする。奴はウェンサ帝国に留まっているが」
「帝国に組して我らに歯向かってくる様子もないようだな」
「一国の人間共に負けるほど我らは弱くない。そのことを分かっているから、けしかけたりもすまいよ」
「魔王と接触する気配もないとか」
「あんな傷を付けられては会う気になれまい。私なら御免だ」
「……少し泳がせるか。まだ何か使えるかもしれん」
「では次の手を――」
エルフの密談は、月が昇り彼らの容姿を妖しく照らすまで続く――。
第三章・完です。第四章に続きます。
次章では竜の住処へ行ったり、恋愛要素も加速します。
よければ引き続きよろしくお願いします!




