135話 胸に秘めた想い
「構わぬな?」
意外な答えが返ってきて頭が混乱してしまう。
ナギサくんと話す? 一体、何を……?
「殺したりはしないわ」
直ぐに返事を返さない私に、母様は「約束」と言って苦い顔で微笑む。
本当にただ話をするだけなら、許可を貰う手前、無下に断ることもできない。
「……絶対ですよ」
父様と母様はそれぞれ頷くと、ナギサくんに近付いた。
対してナギサくんは尻餅をついた体制のまま、動けないでいる。
あの強気なナギサくんが。
母様は殺さないと約束してくれたけど、ナギサくんの状態を見る限り心配で堪らない。
「に、兄様。ちょっとだけ降ろし――」
「駄目だ」
言い終わる前にバッサリと断られてしまう。
再度お願いするより先に、父様たちの話が始まってしまった。
「おぬしに質問がある。嘘偽りなく答えよ」
ナギサくんは一度ゴクリと唾を飲みこんだ後、返事の代わりに頷いた。
「おぬしはここにいたいと思っているのか?」
「……はい」
「理由は何だ? 間者としての行動ゆえか?」
父様の質問に兄様の手がピクッと動く。
また攻撃されやしないかと慌てて見れば、腐った生ゴミを見るような目でナギサくんを睥睨していた。
印象が悪化してる……!
「…………違います。私は……リリシア様に命を助けてもらいました。敵だったにも関わらず。駒のように扱う奴はいても、自らの命を懸けてそこまでしてくれる人はいなかった。……だからその気持ちに報いたい。それだけです」
喋るのもやっと、という感じで懸命に話すナギサくん。
きっと父様と母様にプレッシャーを感じているに違いない。
なにせ魔王夫妻。
人間ならまず会うことのない存在なのだ。
「報いたい、ねぇ。では人間である貴方に何が出来るの?」
「それ、は……」
ナギサくんはそこで言い淀む。
種族による力量差はどうしようもない。母様の質問は意地悪だ。
だけど助け船を出す前に、ナギサくんはヨロヨロと立ち上がる。
まるで魔王と魔王妃に立ち向かうように。
「私にしかできないことを、模索します。一生を懸けて」
二人の目を見て一歩も引かず、そうキッパリと宣言した。
父様と母様はその強い言葉に同時に深い溜め息を吐く。
「……ならば短い人間の一生。好きにするがよい」
「ただし裏切ったらどうなるか、分かっているわね……?」
「! 勿論です。ありがとうございます」
バッと勢い良く頭を下げるナギサくん。
無事に円く収まったことに安堵したのも束の間。
一人納得していない兄様が水を差すように異を唱えた。
「父上、母上。俺は反対です。第一、甘過ぎるのではありませんか?」
「ディー。若気の至りのツケなのだ。やむを得ん」
「しかし――」
「これ以上の議論は不要。お前も手を出すことはならぬぞ」
「!? 何故です!」
「せっかくリリが繋いだ命、摘んだら一生口を利いてもらえなくなるわよ?」
「っ……、」
不満いっぱいに押し黙る兄様。
今にも怒りを爆発させ、辺り一帯を燃え尽くしそうな危うさを帯びている。
「兄様、私からもお願いです」
間近にある黄金色の瞳を見つめ訴えると、目が合った瞬間に少し揺れた。
尚も逸らさないでいれば、兄様は長いまつげを伏せ静かに口を開いた。
「………………分かった。たかだか五十年程度だ。我慢しよう」
「本当ですか!?」
「ただし条件がある」
逸らすことを許さない強い眼差しで、兄様が私を射抜いてくる。
「な、何ですか?」
「リリ。今後一切、余計なものを傍に置くな」
「……モフモフは対象外ですよね?」
「全て含めてだ」
「横暴! 横暴です兄様!」
生きる楽しみを奪わないで欲しい!
「これ以上、不要物が増えて堪るか。それともリリは俺にだけ折れさせるのか?」
「うっ……」
確かに兄様だけ我慢をさせるのは不公平だ。
かと言って、夢のもふもふライフを「はい、分かりました」と諦めることはできない……!
何か抜け道はないものか……。
……ん? 待って。要は城に連れて来なければいいんだよね?
ならどこか別の場所にモフモフ王国を造ればよいのでは!?
ありがたいことに転移魔法と言う名のどこ●もドアがある。移動手段には困らないし、時間も掛からない。
これだ!
よし、今後も兄様の気持ちが変わらなければそうしよう。
でも出来れば自然に連れ込む!
「分かりました、兄様」
「……何か余計なことを考えていたな?」
「か、考えてませんよ?」
「まあいい。あまり縛り過ぎて家出をされたら困る」
これバレてますね絶対。
しかし触れれば藪蛇になりそうなので黙っておく!
「じゃ、じゃあナギサくんを正式採用ということでいいですか?」
「心の底から不本意だが、一応認めよう」
「やった! ありがとう兄様!」
感激のあまり思いっ切り抱き着けば、耳元に甘い声で囁かれる。
「そこの屑が今後どうなろうと俺は助けないからな」
イケボで酷いこと言わないで。
「――失礼します。ディートハルト様が戻っていると……何をしているのですか?」
きっちりノックをして入って来るなり、胡乱気な顔をしたのはノイン参謀だ。
私と兄様の状態を見ると更に秀麗な眉を寄せる。
未だ抱っこ状態だからね。重くないの?
「見ての通りだ」
「いつまでもリリシア様を幼子扱いはやめたらどうです? というか、早く報告書を提出願えますか」
「幼子扱いなどではない。それに帰ったばかりなのだ。少し休ませろ」
違ったの!? じゃあなぜ隙あらば抱っこするの……?
「本人に伝わっていないようですが。では二刻以内に提出を。……時にリリシア様」
「は、はい」
「そこにいる人間は何です? まさか、また拾ったとかいいませんよね?」
ナギサくんをチラリと見遣るノイン参謀。
気付かれない訳がなかった。
「…………そ、そのまさかです、よ?」
ノイン参謀は肺の空気を全て出し切るような、とてつもなく深い溜め息を吐く。
「獣人の次は人間ですか。全く誰に似たのでしょうねぇ……?」
「わ、私ではないぞ!」
「うふふ。その辺にしておきなさいな、ノイン」
黒い笑顔の母様に、ノイン参謀は「……御意に」と言って引き下がる。
なんかもう母様が魔王でいいんじゃないんだろうか。
「えっと、では私とナギサくんはこの辺で。兄様は報告書を書いてくださいね」
「……分かった。では後でな」
渋々降ろしてくれると頬にちゅっとキスされる。
これが幼子扱いでないなら何なのか、疑問に思いながら部屋を出た。
 




