134話 家庭裁判
魔王執務室の前に転移すると、中から感じる気配にノックするのを躊躇ってしまった。
「……まずい」
「何がですか?」
「兄様が帰って来てる……」
私が一連の件で奮闘している間ずっと護衛任務に赴いていた兄様が戻って来ているらしく、部屋の中に魔力を感じる。
なぜこのタイミング。家族大集合じゃないですか……。
父様と母様を先に説き伏せておこうという作戦が、実行前から破綻してしまった。
揃い踏みとなると集中砲火にされてしまう。
「ああ。エルフどもが手も足も出せない、と言っていた奴ですか」
「え?」
「強すぎる上に隙がないとか。だから同じ子供でも貴方に狙いを絞った、と聞いています」
「なるほど納得」
隙しかないポンコツだからね私。
「納得しちゃ駄目でしょう」
呆れ返ったナギサくんの視線を浴びていると、地獄の入り口もとい目の前の扉がいきなりガチャリと開いた。
現れたのは兄様だ。
あ。と思った瞬間には縦抱っこの体勢にもっていかれた。
「リリ、会いたかった」
顔中にキスの嵐を降らせてくる熱烈歓迎ぶり。
兄様の中で私は幼児のまま止まっているのだろうか。
「お、お帰りなさい。っていうか、落ち着いてください!」
ちょ、兄様! 人前だし心臓がもたない!
「嫌なのか?」
「滅相もない」
「ならいいだろう」
嬉しそうに微笑むと再びキス魔と化す兄様。
誰かこの色男を止めて……!
「……こいつが? ただの変態じゃないですか」
怪訝な様子でナギサくんがポツリと呟く。
もちろん兄様は聞き逃さなかった。
「なぜ屑が紛れ込んでいる」
いきなりクズ発言とは。
「兄様、これには訳がああああ駄目! 燃やさないで!!」
魔力の流れを察知し必死に止める。
いきなり人体発火事件が起こるところだった!
無詠唱で予備動作もないから油断ならない。警戒しといてよかった……。
事態に気付いたナギサくんは、若干焦った表情で固まっている。
ごめんよ、うちの兄様はちょっといやかなり過激な一面を持っているのです。
「リリ。なぜ止める? 何だこれは」
「人間をこれ……。部屋の中で説明してもいいですか? 父様と母様にも聞いて欲しいので」
「…………。」
「兄様、お願いです」
どんどん表情が険しくなる兄様に抱き着きお願いする。
私が幼児のままで止まっているならこれで聞いてくれる……はず!
人命の前では恥なんてゴミ箱に捨てるよ! ちょっと転げ回りたくなる衝動を我慢すればいいだけだよ。
「…………リリはこのままだぞ」
「り、了解です」
ここで逆らってはいけない。
ナギサくんの視線に負けてもいけない。心を強く持てリリシア!
「じゃあナギサくんも中へ……」
無言で従うナギサくんと三人で魔王執務室へ足を踏み入れると、兄様の比じゃなく威圧感満載の父様と母様が迎えた。
やばい。まずい予感しかしない。
「っ……!」
案の定耐え切れなかったのか、ナギサくんがドサッと尻餅をついてしまった。
ぎゅっと眉間にシワを寄せ、真っ青な顔で滝のように冷や汗を流しながら。
「な、ナギサくん!」
手を伸ばし駆け寄ろうとしても、兄様の腕がそれを許さない。
抗議の視線を送っても涼しい顔で返されるだけ。まるで「約束しただろう?」と言わんばかりだ。
「父様に母様、威圧を抑えてください」
ならばこっちにとお願いすれば。
「私は普通だぞ」
「あらあら。母様もよ?」
返ってきたのは兄様と似たような反応。
いやいや、めちゃくちゃ怒ってるのがダダ漏れですって……!
だけど昨日のキリノムくんの件が効いているのか、問答無用で危害を加えようとする気配はない。
恐らく私が何を言い出すか、勘付いているだろうに。
こうなったらナギサくんの為にも一刻も早く退室すべく、話を切り出すことにした。
「あの、父様と母様と兄様にお話しというかお願いが」
「「「却下」」」
「やっぱりバレてる!」
「そこにいる人間をここで飼うと言い出すのであろう?」
「リリの拾い癖には、母様も困っちゃうわ」
「リリ。ここに屑は要らない。あるべき場所に捨ててくるんだ」
三者三様、人を人とも思わない発言をしてくる。
でもこうなることは想定済み。
キリノムくんの差別的な態度で察しはついている。いや、より酷いけども。
ならこっちも遠慮はしないよ。
「ここにいるナギサくんはエルフの国にいました。父様と母様はミスティス先生のことで、何か私に秘密にしていることがありますよね? 端的に言うと、それに巻き込まれた人間です」
途端に父様と母様の表情が変わる。
兄様も事情を知っているのだろう。表情こそ変わらないけど、どういうことだとは訊いてこない。
「だからここにいる許可をください」
無言で顔を見合わせる父様と母様。
ウェンサ帝国で起こった大体の出来事は、キリノムくんから昨日の内に聞いているはずだ。
これだけ言えばナギサくんがどういう存在か分かるだろう。
父様と母様は念話で会話を始めたのか、時々首を振って反応しながら二人の世界に入ってしまった。
「リリ。俺がいない間に何をしていたのだ」
放っておかれた状態になったところで、兄様が少し怒ったように訊いてくる。
「えっと……。獣人の国へ行って、ウェンサ帝国にも行ったら色々とありまして……」
「リリの魔力が完全に消えたり、ごく短時間だがこの世から気配が消滅したような状態になったことがあったのは、その所為なのだな?」
全部ご存知ですね。
なんで知ってるの!? 任務中だったのに!
「お仕置きが必要か」
「の、ノーサンキューでお願いします!」
「リリシア」
心臓がうるさいくらいに早鐘を打っていると、父様が真面目な声で私を呼んだ。
結論が出たらしい。
「少しそやつと話をさせてくれ」




