132話 復元
ウェンサ帝国を訪れると国境警備兵に話が通っていたらしく、すんなり城へと案内された。仮面エルフが権限のあるエミットくんへ頼んでくれたのかもしれない。
うまく話はできたのかな。
「ごめんなさい。エミットくん、仮面エルフさん!」
二人に出会って早々、挨拶代わりに謝罪した。
お城の崩壊っぷりは日の当たる日中に見ると、凄まじかったのだ。
ごっそり半分無くなってるじゃないですか……。
これも含めて報復済みだと父様たちを昨夜宥めたものの、やり過ぎた感が否めない。死者ゼロ人が奇跡の所業だ。
「な、何ですか。いきいなり」
エミットくんは若干、私に怯え気味。小動物のようにビクビクとしている。
こっちもやり過ぎましたか……。
「お城が思った以上に悲惨だったので、こんにちはもおかしいかなと……」
復旧作業に当たっている帝国軍人の皆さんも申し訳ない。
そしてエミットくんのお父さんが寝ている部屋が無事で良かった!
薬物の投与をやめれば自然に目を覚ますと思うけど、今すぐ魔法で治すのはやめておいた方がいいかもしれない。
病み上がりにこの惨状は負担が大きすぎるよ……。
もう少しマシな景観になったら、一発回復してもらおう。
「直すのを手伝ってくれるって先生から聞きました。なら許します。……僕も酷いことをしたので、おあいこです」
「! 本当!? ありがとう、エミットくん!」
「ちょっ、何するんですか!」
感激のあまりムギューとハグしたら、子猫が毛を逆立てるみたいに怒られた。
ごめん、つい自然にセクハラしてしまったよ……。
「じ、じゃあ早速、修復するね。【おいで! ゴーくん! レムちゃん!】」
発動させたのは土魔法。
名前でお察し頂けたかもしれないが、顔のない土色の巨人――ゴーレムを二体、造り出した。
前に父様がキリノムくんのお姉さんの店周辺を腐食させたのをきっかけに、私も何かできればと習得に励んだのだ。結局その時は間に合わなかったけど……。
「壊れた壁を直してくれる?」
私のお願いにコクリと頷き動き出す二体。
のっそりとした動きで抉れた壁面へと向かっていく。
このゴーレム一体で、大工と左官職人を併せた仕事をしてくれる。
アンパン●ンよろしく自分の体から土を取り出し、壁を建造するのだ。
しかも基礎の建材がなくても強度に問題がないという、職人泣かせの便利魔法。
私が与えた魔力が切れるまで体は再生し続けるので、後はお任せ。
一生懸命ペタペタする仕草が可愛いんだよ。
「エミットくんは監督をお願いしてもいい? 壁を造るところとか教えてあげて欲しいんだけど――。エミットくん?」
「わ、分かりました!」
あんぐり状態から戻って来ると、瞳をキラキラさせ走り出すエミットくん。
ゴーくんの近くを陣取り一生懸命に指示を出し始める。
うん、凄く楽しそうだ。
男の子が巨大ロボ好きなのと同じ感覚なのだろうか。ロボではないけど……。
「ナギサくん。エミットくんが近付きすぎないように、見張っててくれる?」
「……仕方ないですね。作戦とはいえ一時仕えた主。ついでに退職の挨拶もしてきます」
チラッと仮面エルフを見て、ナギサくんはエミットくんの元へ歩いて行く。
治療の為に二人きりになれるよう察してくれたのだろう。
「じゃあ次は仮面エルフさんを」
「ま、魔力に問題はないの?」
「全く問題なしです。一晩寝たら八割方回復したので。えっと、誰にも見られないところに移動しましょうか」
フードと仮面を外さなくても出来なくはないが、それだと細かい修正がきかない。
治療過程を見られるのも嫌だろうと思い提案すれば、仮面エルフはホッとしたように頷いた。
「そうしてもらえると助かるわ。ついて来て」
「はい。お願いします」
途中、帝国軍人たちの奇異な目に晒されながらも仮面エルフに案内され、比較的被害を免れた一室へと入る。
そんなに広くはない空間には、魔花や魔草を始めとした植物、乱雑に積まれた多くの本、薬の調合に必要と思われる道具が所狭しと占拠していた。
ここにベッドがあることが異質に思える、研究所のような部屋だ。
「私に宛がわれている部屋よ」
「へぇ、そうなんですか。興味深いものがたくさんあります」
「散らかっていて恥ずかしいわ。我々エルフは闇属性と相性が悪くて、空間魔法もロクに使えないの」
ミスティス先生が装束の懐に薬品を忍ばせているのも、確か同じ理由だった。
私の周りがハイスペック過ぎて気付かないけど、普通は何でも出来るものじゃないんだよね……。
「人を癒せる薬が作れる素敵な部屋ですね。では始めましょうか」
「! え、ええ」
なぜか少し驚いたように上ずる仮面エルフの返答。
あれ、急すぎたかな……?
心の準備をする時間が必要かなと思ったら、ベッドに腰掛けゆっくりとフードと面を取り払う。
変色した皮膚だけでなく、髪も所々抜けた状態の姿が露わになった。
改めて見ても酷い傷跡だ……。
元々見目麗しい種族でしかも女性。どれほど心を痛めたのか計り知れない。
「動かないでくださいね」
必ず成功させるよう一度深呼吸し集中する。
左右で同じ長さの髪になるようイメージを付け加え、魔法を発動させた。
「……【復元治癒】」
発動と同時に、仮面エルフに馴染むように溶けていく光の粒子。
その度に新雪のような皮膚へと戻り、抜けていた金糸の髪も少しずつ伸び始める。
よし、このまま。
魔力を注ぎ続けること数十秒。
痛々しい姿をしていた目の前の人物は、傷一つない輝くようなエルフへと、名称通り復元された。
「終わりましたよ」
私の合図で閉じていた瞳を開く仮面エルフ。
一級芸術品もかくや、という絶世の美女だった。
「……ん? あれ?」
「どうしたの? まさか失敗……?」
「あ、いや違います。ちょっとミスティス先生に似てるなって思って」
「ああ。姉弟だからじゃないかしら」
「なるほど、どおりで。ええええ!? 姉弟!?」
エルフはこういう系統の顔なのかと思ったら姉弟!?
「ミスティスは弟よ」
「ま、マジですか……」
とんだ美形DNAだと驚愕していたら、先生のお姉さんまで同じ表情になる。
「!? 髪まで伸びているの!?」
「その方がいいかなって。頑張ってみました。確認してください」
空間魔法で手鏡を取り出し、お姉さんに差し出す。
お姉さんは少し震える手で受け取ると、そっと自分を映した。
「ど、どうでしょうか……?」
完璧に出来たと自負しているけれど、こういうのは本人の評価が重要。
ソワソワしながら感想を待つ。
顔の前に掲げられている手鏡が邪魔で、表情が見えないから不安だ。
…………。
……。
の、ノーリアクションですか……?
一向に訪れない反応に我慢し切れず身体を傾け伺い見れば、美しい泣き顔が目に映った。
クリスタルのような透明の涙が、翡翠の瞳から次から次へと溢れては落ちていくのが止まらない。
「な、泣いてるーーーー!? 泣くほど気に入りませんでした!?」
「ごめ……なさい。嬉しくて……」
瞬きすれば一際大きく零れる涙。
震える声で何度も何度もありがとうと繰り返される。
「……どういたしまして」
私はそれ以上何も言わず、溢れる感情のままに涙を流すお姉さんが泣き止むまで、ただ静かに待ち続けた。




