131話 もう一つの真相
父様たちのところへ寄っている間に無事朝食が出来たらしく、人数分の食事をメルローに運んでもらった。
私の身支度を整えようと部屋に来てくれたメイドさんたちには今日だけお断りを入れると、ものすごくションボリされた。お、お役御免ではないので!
「昨日から頼りっぱなしでごめんね、メルロー」
詳しい事情も話していないのに粛々と仕事をしてくれるメルロー。
詮索も文句も一切なく、本当に頭が上がらない。
「とんでもございません。リリシア様は普段、何も御申し付けくださらないので、嬉しく思っております」
「メルロー……!」
感極まって抱き着いてしまった私の背を、メルローはポンポンと優しく叩く。
「ほらほら、リリシア様。御客人が見ておいでですよ」
「……あ。そうだね」
「ですが今日一日、いつも以上に頑張れそうです。ありがとうございます」
イケおじがいる!
さり気なくフォローしてくれたデキる執事は、次の仕事があるからと早々に退室して行った。
何あの完璧さ。さすが父様が見つけた人材。
「素敵すぎる……」
「どこがですか? 物凄く殺気のこもった目で見られましたよ。何だこのゴミ屑は、みたいな」
「え?」
「同じくだ」
『オレも』
「オレはリリが抱き着いてる時にドヤ顔された」
そんなまさか。あの素敵紳士が?
どうにも信じられなくて、疑問でいっぱいになりながら朝食を摂る羽目になった。
「――さて。レオンさんとハンサーさんは送ります。私はそのままウェンサ帝国に向かうので、ソラは訓練に行ってね。ナギサくんは帰って落ち着いてから父様たちに紹介するから、この部屋で待機してもらってていい?」
朝食を終え、これからの行動プランを話せば。
「オレも行く」
「確か仮面の者の傷を治すと言っていたか。なら我も同行しよう。リリシア一人では心配だ」
『レオンさんが行くならオレも』
「ここに残されると命の危険を感じます。さっきの執事みたいなのが、うじゃうじゃいるんですよね?」
誰一人賛成してくれないってどういうことなの。
「……えっと、ユイルドさんに説明すると時間が掛かっちゃうから、ソラは訓練に行って欲しい。それからレオンさんとハンサーさんは、王様たちに事件の経緯とエミットくんたちへの処罰の説明を。ナギサくんは……、連れて行くしかないか。以上です! はい、行きましょう!」
半ば強引に締め括る。もうゴリ押しするよ!
「リリ……」
「ソラお願い。その代わり、帰ったら今度こそのんびりしよう?」
「………………絶対だぞ?」
「うん。約束」
へにょんと耳を垂れさせ、渋々了承するソラ。
レオンさんも同様だ。成すべきことが分かっているからだろう。
その姿に後ろ髪を全力で引かれながら転移する。
獣人の国の入り口へ到着すると、門番をしていたベアグさんが大きな身体を揺らして駆け寄ってきた。
『レオン殿! ハンサー! リリシア殿もご無事で!』
「ベアグ、先に帰してすまなかったな」
『よいのだ。王たちがレオン殿の口から話を聞くのを、首を長くして待っている』
「そうか。他に変わったことはないか?」
『それが……、ケントが見当たらぬのだ』
「なに?」
ケントさんは最初に私がここを訪れた時の門番の一人。
可愛らしい犬の獣人だ。
『昨日、某らがウェンサ帝国へ乗り込んだ辺りから、誰も姿を見ていないと』
『何だよそれ……。主犯は捕まえたっつーか、ここにいるだろ!? ずっとオレらと一緒だった!』
「……ナギサくん。もしかして、って思ってたけど」
「お察しの通りです」
ナギサくんに訊きたかったことの一つが頭を巡る。
そうだとは思いたくなかったのに――。
「リリシア? 何か思い当たることがあるのか?」
私の言葉を聞き逃さなかったレオンさんが、静かに尋ねてきた。
……正直に言っていいのかどうか悩む。
かなりショックなことだから。
「間者は私だけじゃなかった、ってことです」
迷っている内にナギサくんがサラッと暴露してしまう。
代わりに酷なセリフを言わせてしまい思わず顔を見れば、何一つ表情を変えていなかった。
「なんだと……!?」
「冷静に考えてくださいよ。いくらエルフの協力があると言ったって、実行するのは帝国の人間。体格・腕力ともに劣る人間が、そんな簡単に獣人を拉致できると思いますか?」
私がこの話を聞いて最初に感じた疑問を、ナギサくんが淡々と代弁する。
匂いに敏感な犬人がいるのにウェンサ帝国の人間が近付けたというのも、腑に落ちなかった。
だとしたら必ず協力者がいる。
そう考えるのが自然だった。
それが誰かまでは分からなかったけど、門番の一人――しかも犬人だったなら疑問は解消する。
ただ、そうなった経緯が分からない。
『デタラメ言ってんじゃねぇぞ!』
「じゃあ訊きますが、その犬人。ここの出身ですか?」
『は……? それ、は……』
ケントさんが犬の獣人だと話してもいないのに、ナギサくんが知っている。
そのことがすでに繋がっていると証明されたようなものだ。
「違うでしょう? だってあいつ、五歳まで私と同じ施設にいましたから」
次いで語られる衝撃の事実。
ナギサくんに掴みかかりそうだったハンサーさんも動揺し、寸前でピタリと止まった。
「ナギサくん、それ本当……?」
「はい。エルフの里には奴隷として売られてくるやつがたくさんいます。あいつの場合は先祖がそうだったみたいで、珍しく両親がちゃんといましたが」
「え……」
「お人好しな貴方の為に言っておきますが、保護目的なんかじゃないですよ。皆エルフの目的の為に使われている」
何それ……。
エルフのことを知れば知るほど、世界の解釈とはかけ離れていく。
どうなってるの?
「……ケントは衰弱した状態でここへ流れ着いたのだったな?」
『奴隷として働かされていた先の主が病死して、運よく逃げてきたって……』
「潜り込む為の嘘ですよ。それ」
『マジ、かよ……』
ショックで脱力してしまったのか力なく座り込むハンサーさん。
耳も尻尾も力なく下を向いている。
『では今頃ケントは……?』
「エルフの里に向かっているでしょうね。作戦が失敗した以上、同じ手は使えない。ならここにいる意味はなくなる」
『……そうであるか』
ベアグさんも大きな身体を小さくして落ち込む。
レオンさんだって酷く傷付いた顔だ。だけどすぐに威厳の満ちた顔に戻る。
「ならばそのことも含め、王たちに説明せねばならぬな」
獅子人としての責任感か、レオンさんは気丈に振る舞う。
その強さを見習いたいけど、少し心配だ。
弱音を吐くことを許されないのは辛い。
「リリシア。すまぬが暫しのお別れだ」
「……はい」
「落ち着いたら改めて礼をさせてくれ」
「いいえ、それは必要ありません。ですが友人として訪ねてくれるなら、いつでも歓迎します」
なら国外であるうちの城が、少しでも気が休まる場所になれればいい。そう思い伝えると困った顔を向けられてしまった。
「友としてか……。それは出来ぬな」
「ぜ、絶交ですか……!?」
まさかの絶縁宣言に衝撃を受ければ、レオンさんは跪き私の手を取る。
宝物に触れるように優しく。
「そなたを慕う一人の男として訪ねる。待っていてくれ」
そのままリップ音をさせ口づけ、一瞬だけ笑う。
…………は、い?
え? それって……?
「ではな」
混乱する私を残し、レオンさんは颯爽と門の中へと消えてしまった。
ショック状態から回復しないハンサーさんとベアグさんも虚ろにそれに従う。
「何ですかあれ」
ナギサくん。それ私が訊きたい。




