128話 無償の愛
「……偉そうにするな、人間」
「私は新たな主人に忠告したまで。飼い犬ごときに文句を言われる筋合いはありませんが」
「なんだと……?」
早速いがみ合うソラと青年執事。
殴り合いにならないよう見守りつつ、空間魔法を発動させてみる。
今度は難なく――とはいかなかったものの、ギリギリなんとか成功。手持ちの魔力回復薬を取り出すことに成功した。
十数本飲み干し四割ほどまで回復させると、仮面エルフに頭を下げる。
「ありがとうございました。助かりました」
「礼には及ばないわ。貴方には効果が薄かったようだし」
「こ、これは今から魔法を使うので念の為と言いますか! えっと、それより約束通り治療しましょう!」
そして一刻も早く帰還せねば!
「近い内にしてくれるなら、今日でなくとも構わないわ」
「え? いいんですか?」
「蘇生すら出来る貴方なら、話が嘘ではないと確信した。約束を破るタイプにも思えないし、一度ゆっくり休みなさい」
「そうですか……。病み上がりのような状態では失敗する心配もあるでしょうし、そうさせてもらいます」
復元治癒も古代魔法とはいえ、蘇生とではレベルが違うので四割もあれば充分できる。でも、される本人にしてみれば気が気じゃないのだろう。
確かに治療されるなら万全の時がいいに決まってる。
「……別にそんな心配はしていないけれど。あんな見事な魔法を見せられれば」
「? 何か言いました?」
いつの間にかレオンさんとハンサーさんまで巻き込んでギャイギャイと騒ぎ始めたので、いまいち聞こえなかった。
「いいえ、何も」
あれ? 気のせい?
「では明日以降に必ず伺いますね。このお城の修復もありますし」
「そこまでするつもりなの?」
「壊したのはキリノム……うちの国の者なので」
「私はまた間違った選択をしていたようね……。貴方のお陰で目が覚めたわ」
「はい? 何のことですか?」
「気にしないで。ただの独り言よ」
「はあ……」
よく分からないけど、この人も雰囲気が柔らかくなったような気がする。
仮面で表情が見えないものの、何となく。
「じゃあ今日はこれで帰ります。エミットくんによろしくお伝えください」
気まずいかもしれないが、仮面エルフにはここに残ってもらうのだ。
話すきっかけにでもして欲しい。
仮面エルフと別れの挨拶を済ませ、四つ巴バトルをしている渦中に飛び込む。
「そこまでです! レオンさんとハンサーさんは送りますので、帰りましょう!」
「そんなヤツら放っておけばいい。リリはオレが抱えて帰るから魔法は使わなくていいよ。人間はどこへでも消えろ」
「躾のなっていない獣どもはよく吠えますね」
「リリシア。やはりこやつを傍に置くのは考え直した方がよいぞ」
『お前、変なヤツを口説き落としやがったな……。マジで心配だ』
しきりに説得してくるレオンさんとハンサーさん。
こっちが逆に説き伏せるには時間が掛かりそうだ。
「も、文句は後日聞きます! ってことで、動かないでくださいね!」
両手を広げるようにして四人を抱き寄せまとめ、転移魔法を発動する。
埒が明かないので強制送還だ。
到着したのは私の部屋。
もうこれ以上、時間を割けないのでウチにお泊り頂く!
「すみませんが今日はうちに泊まってください。部屋を用意してもらいますから」
魔力探知でまだ起きている気配がするメルローに念話で客室の準備を頼み、キリノムくんの元へ行くべく残りの指示も口早に伝える。
「執事さんはこの部屋から決して出ないでください。じゃないと殺される可能性大です! ソラはフォローお願いね!」
言い切ると同時に魔王執務室へと転移する。
父様、母様、キリノムくんはそこにいる。
「ただいま戻りました! って、何して……るんですか……?」
部屋に入るなり目にしたのは凄惨な光景。
父様の闇魔法による楔で天井から逆さに吊り下げられ、母様に身体中を鞭で打たれているキリノムくんの姿だ。
全身傷だらけで、床には血だまりができている。
「リリシア! 心配したぞ!!」
「リリ! 母様に顔をよく見せて!?」
「――来ないでください!!」
感動の再会のように駆け寄ってくる父様と母様を思わず拒絶した。
「り、リリシア?」
「酷いです……。なんでキリノムくんにこんな事するんですか!」
「……一時的とはいえ、リリを死なせたでしょう。隠しても魔力探知で分かっているわよ。それにまた無茶をして倒れたと聞いたわ。何の為に同行させたと思っているの? 罰に値するには充分すぎると思うけれど」
母様が涙の溜まった瞳を向け反論してくる。
それだけ心配をさせたのだろう。でもそれは私の落ち度だ。
キリノムくんは関係ない。
「…………心配を掛けてごめんなさい。ですがキリノムくんに責任はありません。私の勝手な行動です。むしろ助けてもらったのに」
いつもいつも周りの人に責任が及んでいる。
……やっぱり一人で行くべきだった。
「お願いだから、私の為に動いてくれた人を処罰しないで……」
「!? な、泣くな、リリシア!」
「リリ……」
本当に泣きたいのはキリノムくんだ。
善意で同行してくれたのに、この仕打ちはあんまりだよ。
頭では分かっていても勝手に涙が溢れ出して止まらない。
「……母様たちはリリのことがとても大事だから、つい冷静さを欠いてしまうの……。リリを泣かせたい訳じゃないわ」
想いが強過ぎるが故の行動なのは、ちゃんと分かってる。ありがたいとも思う。
だけどこれは限度を超え過ぎている。
処罰を加えるような真似はやめて欲しい。
そう伝えれば父様も母様も肩を落とした。
「もうせぬと誓おう。だからこれ以上、父様に悲しい顔を見せないでくれ」
「母様も約束するわ。キリノムも今すぐ治しましょう」
逆さ吊りから解放され、復元治癒で完全に回復されるキリノムくん。
抱き起せば鞭で打たれ塞がれていた目を開けた。
「……リリシア様。僕の為に泣いてくれて、ありがとうございます」
「! ううん……。ごめんね、あんな酷いことされて……」
「いいえ。こうして膝枕してもらえたので、役得です」
「そんなの全然釣り合ってないよ……」
「ふふっ。お釣りが多過ぎるくらいです」
キリノムくんはふわりと微笑むと私の頬に手を添える。
「リリシア様の回復が思ったより早くて安心しました」
「仮面の人が魔力回復薬を調合してくれて……、自分が持ってたのも飲めたから」
「そうですか。僕の手持ちがなかったら危なかったんですよ……? 山ほど持って戻ろうとしたら、陛下に気付かれて拘束されるし。もう無茶はしないでください」
目が覚めるのが早いと感じたのは、キリノムくんのお陰だったんだね。
何から何まで助けられてしまった。
「…………ありがとう、キリノムくん」
「どういたしまして」
自然と零れた涙をキリノムくんが指で掬ってくれると、ふわりと微笑みかけてくる。
あまりに優しい顔をするものだから、私は余計に涙が止まらなくなった。




