127話 生まれ変わった人
なんだろう。あったかくて安心する。
身体も凄くダルいし、もう少しこうして寝ていたい……。
「とか言ってる場合じゃなかった!」
カッと目を開くも起き上がれない。
隣に寝ているモフモフ美青年が抱き寄せるように私の腰に回している腕に、阻止されたからだ。
「リリ。まだ起きちゃ駄目」
「ソラ!? な、なんでそこで寝てるの!?」
なぜに同衾!?
「リリが血の気を失くしたみたいに倒れたから、温めてた」
「そ、そうなんだ。ありがとう……。えーっと、魔力が枯渇したんだよ。ごめんね、ビックリさせて」
古代魔法の蘇生は、とにかく莫大な魔力を消費する。
更に発動中の感覚通り生命力もいくらか分け与えているのだ。
その反動で疲労感と倦怠感が半端ない。
人ひとりを生き返らせるのだから当然と言えば当然だけど、めちゃくちゃしんどい。二、三日何もしたくなくなるくらいは怠い。
「どれだけ心配したと思ってる」
ソラが泣きそうな声でぎゅっと抱きしめてきた。
うぅ、そんな顔しないで欲しい。泣き顔とか一番弱いんだよ。
「もう無茶しないでくれ」
「……ぜ、善処します」
「反省してない。罰としてこのままオレと一緒に寝て?」
いやそれご褒美です。
でもゆっくり休めないから罰なの……!?
「……貴様。人が席を外している間に何をしているのだ」
『! 目が覚め――な、なななななんつーことしてんだ!』
アホなことを考えていれば、ガチャッと開かれた扉からレオンさんとハンサーさんが現れた。
よく見れば私が寝ていたのは、毒を盛られたフリをして寝かされた時の姫部屋だったらしい。
「邪魔するな。他の獣人と一緒に帰ったんじゃなかったのか」
『そ、その前にテメェはさっさとそこから出やがれ!』
「ハンサー。体調の優れぬ者の前で騒ぐな。リリシア、気分はどうだ……?」
レオンさんはベッドまでやって来ると、私とソラの間に割り込むように手をつき、心配そうな顔で覗き込んでくる。
壁ドンならぬベッドドン。
サラリと金糸の髪を降らせ見つめてくるのが、壮絶に色っぽい。
「お、お陰様で……」
「顔が少し赤いようだが……。熱が出て来たのか?」
貴方のせいですよ! だからそれ以上、近付かないで! もっと上がる!
『ちょ、レオンさんまで何してんだ! 離れろって!』
ギョッとしたような声の後、ハンサーさんが背後からレオンさんを引き剥がした。グッジョブ!
『ったく、この無自覚エロ男は……』
「……何か言ったか? ハンサー」
『何も! というか、お前マジで大丈夫なのかよ……?』
「はい、平気です。魔力切れなので休めば治ります。あの、どれくらい時間が経ってますか?」
「二刻ぐらい」
起き上がろうとする私をもう一度制し、ソラが代わりに答えてくれる。
二刻? 枯渇した割には目が覚めるのが早過ぎるような……?
「って、それより他の皆さんは!?」
ここにいる三人以外の姿が見当たらない。
倒れた後どうなってしまったのだろう。
「そなたの従者が皆を国へ帰してくれた。ベアグが案内役を買ってくれてな。転移魔法で何度か往復した後、そなたの従者は城へ魔力回復薬を取りに帰ると言ったきり、戻って来ぬ。皇帝も起きて待っていたようだが寝落ちした。夜中だからな。仮面の者とリリシアが執事にすると言っていた者は、そなたに飲ませる薬を処方しているところだ」
「そう、ですか……」
キリノムくんが私の代わりをしてくれたらしい。
多分、魔力が尽きた私に負担を掛けない為だろう。申し訳なさすぎる。
そして戻って来ないというのは絶対、父様と母様に捉まっているせいだ。
……早く戻らないとキリノムくんが危ない。
今度は止められないよう勢いよく起き上がり、壁に掛けられていた時計で時刻を確認したら、闇の十一刻と半分だった。
もうすぐ日付が変わってしまう。
「いよいよマズい……」
朝帰りなんてことになったら、どんな罰が下るか分からない。
手持ちの魔力回復薬を取り出そうと空間魔法を発動させるが、すぐにぐにゃりと空間が歪み閉じてしまった。
「こ、これすら出来ないとは」
枯渇状態から二刻程度ではほとんど回復していないらしく、もう一度やっても同じ結果になる。マジか……。
「リリ。何してる?」
「空間魔法を使おうとしたら無理だった……」
「!? 無茶しちゃ駄目だ!」
「うん。アイテムボックス持とうかな……」
今まで必要がないから考えてなかったけど、こんな状態になると何も出せなくなるなんて困る。
「リリ。ちゃんと聞いて」
「んむっ」
私の両頬をむぎゅっと手で挟み、ソラが真剣な顔で訴えかけてくる。
あの、ソラさん。絶対変顔になってるからやめてください。
「何をする。やめぬか」
「オレに触るな。関係ないヤツは引っ込んでろよ」
「なんだと?」
「――うるさいですよ。遠吠えするなら他所でやってください」
猛獣同士の争いを止めたのは私ではなく、仮面エルフと共に部屋へ入って来た青年執事だった。
心なし憑き物が落ちた顔で、銀色のトレーを片手に近付いて来る。
「目が覚めたんですね。これ、魔力回復薬です。そこにいる『先生』が調合しました。飲めますか?」
レオンさんたちを押し退け側まで来ると、小さな小鉢を差し出してきた。
「え、あ、うん?」
いや誰だこれ。
なんでそんな好意的なの? それ毒? 早速、暗殺ですか?
「そんな顔しなくても、毒ではありませんが」
「……私が保証するわ」
疑問符を飛ばしまくる私に仮面エルフが太鼓判を押す。
受け取った白い小鉢の中には薄紫色の液体。確かに色は間違いない。
飲んで平気かな……?
今の私では魔力が足りなくて浄化魔法が使えない。もし嘘なら一発アウトだ。
「オレが毒見する」
「ソラ?」
「安全だったらリリが飲めばいい」
「そんなことさせられないので頂きます!」
押し問答になる前に一気に飲み干す。うええ、苦い……。
だけど苦みを感じただけで、苦しくなるなどの症状はない。
むしろ身体がポカポカとするようだ。
「リリ!」
「痛むところはないのか!?」
『お前、無茶が過ぎるぞ!』
もふもふトリオが詰め寄って来るこの状態の方が心臓に悪い。近い近い!
「あの、本当に平気です。完全とはいかないけど、ちゃんと回復してる」
「だから言ったじゃないですか」
「う、疑ってすみませんでした」
なんで怒られてるの私?
「雇い主なら従業員を信用すべきなんじゃないですか」
「……え」
「勝手に生き返らせた責任、ちゃんと取ってくださいよ」
「それって……」
「文句あるんですか?」
「ない! ないです!」
何か知らない内に青年執事が改心してる!
一度死んで生まれ変わった的なやつかな? 分かんないけど!
無茶して蘇生した甲斐があったね!
「なにニヤついてるんですか。頭悪そうに見えるので控えてください」
お陰でここにツンデレ執事が爆誕したよ。




