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魔王の娘ですがマイペースに暮らしてます  作者: キイチシハ
第三章 獣人の国とウェンサ帝国編
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126話 自分にできること

sideキリノム

「リリシア様!」

 クソ犬の腕の中でぐったりとしているリリシア様を見て、人間に殺意が湧く。

 ……どう料理してやろう。

 こいつにはこの世で最も惨たらしい死をくれてやる。

 生まれてきたことを後悔するほどに凄惨な死を。


「やめろ! 殺したらリリが泣く!」


「…………、チッ」

 クソ犬に窘められ、理性を失う寸前でなんとか思い止まる。

 不本意だが確かにその通りだ。

 ここまでしたリリシア様の意志を、無に帰してしまうところだった。

 やり場のない怒りに拳を強く握りしめ、必死に耐える。


 手のひらからボタボタと垂れる血が鬱陶しい。

 誰かが血を流せば真っ青な顔ですぐに治してくれるリリシア様。

 そのリリシア様は何の反応も示してくれない。穢れのない瞳は閉じられたまま。

 早く起きて欲しいという思いは届かない。

 ……くそっ!

 無理矢理にでも冷静さを取り戻し、己の成すべき最善の行動を考えろ……!


「おい貴様、リリシアはどうなってしまったのだ!」

『なんでいきなり倒れたんだよ!』

 思考を割くように獣人どもが喚き散らす。

 そんなことも分からない愚鈍を好きだと言うリリシア様の感覚は、僕には分からない。

 殺してしまいたくなる衝動を、説明することでなんとか落ち着かせる。


「魔力切れだ」

「それだけで倒れたりするものか……?」

「普通はしない。だが、リリシア様が今使ったのは古代魔法――蘇生だ。この魔法は魔力を莫大に消費する上、術者の生命力すら分け与える。たった二十年程度しか生きていないリリシア様には、負担が大きすぎるんだよ」

 王妃様が日に何度も行えたのは、千年という長い年月を経たからこそ。

 魔族は経年と共に体内に蓄積される魔力と生命力が増す。

 だが二十数年では卵から孵ったばかりも同然の、ひよっこだ。

 今のリリシア様には逆に命の危険すらある。

 我々魔族でも『習得すること自体が奇跡』と言われている、高度な魔法なのだ。

 そんなに容易く行使できるものじゃない。


 蘇生したのが人間だったからよかったようなもの。

 これが魔力も生命力も多い魔族となると、失敗して即死すらあり得ると聞く。

 リスクも尋常じゃない魔法なのだ。

「……このままではリリシア様が危ない」

「そんな……!」

 無知なこいつらに教えてやれば、クソ犬同様ザワつくゴミども。

 ……忌々しい。

 こんなやつらに関わらなければ、リリシア様がこうなることもなかったのに。


「おい、キリノム! どうしたら助けられる!?」

「気安く呼ぶなクソ犬。そのまま支えてろ」

 空間魔法で魔力回復薬を取り出し、血の気を失った可憐な唇に押し当て強引にでも流し込む。

 小瓶一本分を飲ませてみたが、まるで変化がない。

 焦る気持ちを抑えつつストックから全て取り出し飲ませ続ける。

 リリシア様の魔力量は普通の魔族とは訳が違う。その分、回復が遅いのだろう。

 並みの魔族なら半量で回復を通り越し魔力酔いを起こすほど、純度の高いものですらこれだ。

 こんなことになるなら、もっと持っているべきだった。


「……リリに何を飲ませてる?」

 六本目を飲ませていると、クソ犬が死にそうな顔で訊いてくる。

「魔力回復薬だ。体内に少しでも魔力が戻れば、生命維持を助ける。普通の治癒魔法では魔力切れは治せないからな。復元治癒ならその限りじゃないが、僕には使えない。これしか方法がないんだよ。おい、クソガキ! どこか寝かせられる部屋はないのか!」

 皇帝だとか威張っていたくせにアホ面を下げていたガキに話を振れば、ようやくまともな顔になる。

「え、あ、あるにはある」

「よし案内しろ!」


「転移魔法で城に連れ帰り治療した方が、よいのではないのか……?」

 今回の件にリリシア様を巻き込んだ獣がまた口を挟んできた。

 チッ。使えないクソ猫は黙ってろよ。


「……僕だってそうしたい。だがこの状態で城に連れ帰れば多分、リリシア様は自由に外を出歩けなくなる。それだけじゃない。この場に居る全員、陛下と王妃様に殺されるぞ。そうなったらどうなると思う」

 御二人はリリシア様を異常なくらい溺愛している。

 だから外に出したせいでこうなったなんて知られたら、きっと行動を縛る。

 魔力探知で知られているとしても、この状態を見ているのとそうでないのとでは重みが違う。言い逃れも出来ない。

 こんな姿を見せたら全て終わりだ。


 リリシア様は人が死ぬことを何より望まない。

 全員死んだなんて知ったら、自分のせいだと強く己を責めるだろう。

 二度と笑ってくれなくなるかもしれない。

 そんなことはさせられない。させて堪るか。

 分かったかクソ猫……!


「! 少しだけ顔色が戻って来た。……極僅かだが魔力が回復してきている。もう大丈夫だ……。このまま安静にしていれば直に目を覚ますだろう」

「キリノム、本当か……?」

「こんな時に嘘吐く必要あるのか、クソ犬」

「っ、よかった……」

 こいつの腕の中にリリシア様がいるのが腹立たしいが、動物の体温は高い。

 血液の循環が良くなれば魔力の巡りも良くなるだろう。


「行くぞ、クソ犬。さっさとリリシア様を運べ」

 クソ犬がリリシア様を抱きかかえた状態のまま、ゆっくりと立ち上がる。

 猫どもが揃ってついてこようとするので、先に制することにした。

「獣はここにいろ。リリシア様を寝かせたら国まで送ってやる。起きたらやると言い出すだろうからな。その前に帰らせる」

「しかし!」

「議論してる場合じゃないことくらい分かれよ、獣が!」

「…………、」

 最初からそうやって黙ってろ。


「そこでボケッとしてる仮面と人間は好きにしろ。クソガキ、部屋はどこだ」

「こ、こっちだ」

 部屋を出る直前、人間が「なんでここまで……」と呟いていたが知るか。

 足りない頭でせいぜい考えてろ。


 生かされた意味を。

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