125話 エゴの代償
「………………は?」
さすがの青年執事も想定の範囲外だったようで、間の抜けた顔になった。
「放逐するわけにはいかないので、私の目の届く所にいてください」
「……正気の沙汰とは思えませんが」
「生憎、頭は良くないので」
ニコリと微笑めば青年執事は押し黙る。フッ、勝ったな。
というか、正気じゃなくなるのは青年執事の方だ。
魔族の総本山にご招待など、人間には負荷が大きいどころの話じゃない。
きっと毎日ひどく精神を削られる。
それでどう心境が変化するか経過観察、といったところ。
まあ、追い込まれ過ぎたら解放するつもりだ。死なれでもしたら困るし……。
あと私に隷属の首輪をつけさせた件は墓場まで持って行く!
「……り、リリシア様あああああ!! 僕は断固反対です! こんなゴミ屑以下をお傍に置くなんて!!」
「そうだリリ! 考え直してくれ!」
「リリシア、さすがにそれは危険がすぎるというものだ。いつ寝首をかかれるか分からぬ。頼むからやめてくれ!」
案の定、みんなは猛反発してくる。だよね……。
でも、これ以外に思い付かないよ。
「もう決めたので文句は受け付けません! 暗殺に関しては、そんな余裕なくなると思うので多分大丈夫です。それに万一そうなった時は、私の自己責任。文句は言いません」
一番危険なのは寝ている時だけど、寝る時は部屋に結界を張るので無問題。
入室許可を出さなければ侵入不可だ。
起きている時に殺されるほど修行を怠ってはいない……はず。
「へぇ……。随分余裕ですね。どうなっても知りませんよ」
ドス黒い笑顔を向けてくる青年執事。
対して私は張り合わず、真面目な顔で注意喚起した。
「その前に殺されないよう言動には気を付けて。ほんとガチでお願いしますよ!」
今すでに殺されそうだからね、キリノムくんに!
ほら見てよ……。
いつの間にか出した鉈を両手に、ミンチにしてやるとか言ってる。
冗談に聞こえないです。
「それから大事なことが一つ。三人は獣人のみなさんに謝罪を」
許されないとしても悪いことをしたら謝る、これは大原則だろう。
「…………すまない」
「……悪かったわ」
「…………」
青年執事だけは無言を貫いた。文句を言わないだけ進歩……なのかな。
獣人たちも静かに受け止めるだけで反応がない。
「私からも改めて謝ります。狙いは私だったのに、巻き込んでごめんなさい」
「そなたは悪くないと先も言ったではないか! 頼むから顔を上げてくれ」
事件の顛末を説明した際、青年執事が語っていた真の狙いについても話し、謝罪もした。
でも何回言ったって足りないのだ。
「レオンさん、王様たちがこの処罰に文句を言ってきたら、私に教えてくれますか? 話をしに行きますので」
「それぐらいはこちらでなんとかするが……。本当にその男を引き取るのか?」
「はい。父様たちの許しを得るのに骨が折れそうですが、なんとか頑張ります。どうしても無理なら、記憶を消して他国の教会に預けるとかするかもしれませんけど」
一番の難関は兄様かな……。
「リリ、それでいいじゃないか。オレはそっちの方がいい。なんでそうしない?」
「この人の生きた軌跡を勝手に無に帰すことだからだよ。……できればしたくない」
「リリシア様。僕に任せてくれれば、存在ごと跡形もなくこの世から消し去ります。憂う必要はありません。命令を!」
「したくないって言ったよね!? キリノムくん、いい加減に武器仕舞って! っていうか、もう撤収しますよ! 皆さん帰って休みましょう!」
そんないつも通りのやりとりをしていれば、青年執事がいきなり笑い出した。
「ふっ、あははは! どこまで甘いんですか」
早速下剋上かと思ったら、青年執事は私に向かい自嘲めいた表情を浮かべる。
瞬間的に嫌な予感が襲う。
「……貴方に拾われていたら、こんなクソみたいな人生も変わっていたんですかね」
「なに、を――」
「魔族に飼われるなど、やはり御免です。さようなら。リリシア様」
そう一方的に言い捨て、ガリッと歯を強く噛む。
直後に苦痛に顔を歪め口から赤い血を吐くと、前方に力なく倒れた。
「っ!?」
映画でよくあるスパイが失敗した時の自害方法に、慌てて駆け寄るもすでに息をしていない。
奥歯に仕込んでいた毒が回ったのだろう。
「……死なせない」
この人にはまだ聞きたいことだって山ほどある。
勝手に放り出すなんて許さないよ。
空間魔法でストックしていた魔力回復薬を数本取り出し、一気に呷る。
「リリ? 何する――」
「……【我、古代より長き時を魔導書と共に生きる精霊と契約せし者なり。我が魔力を代償に、この者を再びこの世に繋ぎ止めよ。……蘇生!】」
発動と同時に青年執事の身体を眩いばかりの閃光が包む。
魔法が対象者に干渉している証拠だ。
行ったのは蘇生魔法。
復元治癒の他に習得したもう一つの古代魔法だ。
……ぐっ、さすがにキツい!
魔力だけでなく、こちらの生命力まで根こそぎ吸い取られるような感覚が襲う。
蘇生に必要な時間は数分。
たったそれだけの時間が、物凄く長く感じる。
「リリシア様! やめてください危険です!」
事態を察したキリノムくんが止めるのにも答える余裕なく必至に耐えていると、次第に光が弱くなり天から降りてくるような淡い光の粒子に変わった。
次々と青年執事の身体に落ちては溶けるを繰り返す、光の粒子。
それすらも治まるまで魔力を注ぎ続ける。
ほどなくして全ての現象が止まり静寂が訪れると、青年執事が閉じたままだった目をゆっくりと開いた。
「…………? 私は、一体……」
手をつきながらも起き上がる青年執事に、獣人たちがどよめく。
その反応に理解が追い付いたのか、彼自身も驚き自分の身体を確かめ始めた。
「なぜ私は生きて……? 確かに毒を飲んだはず……!」
「せっかく丸く収めたのに、勝手に死なないでください」
「!? まさか、」
「働く前から退職なんて許しませんよ」
冗談めかして言った途端、ボヤけていく青年執事の顔。
……さすがに無理をしすぎたらしい。
今の私の魔力は完全に空っぽ。立っているのも辛い。
足に力が入らなくなり、ガクンと地面に膝を着く。
フラリと前のめりに倒れる寸前、嗅ぎ慣れた太陽のような匂いが私を包んだ。
この感じはソラかな……。
確かめられることなく、私の意識は強制的にそこで途切れた。




