122話 いいところで登場するのはお約束
……さすがにもふもふパラダイス、なんて言っている場合じゃないよね。
私を取り囲むのは犬人が三人、熊人が三人、豹人が二人、鳥人が一人。
命令に抗おうとしているのか、二足歩行型の獣人たちは一様に苦悶の表情を浮かべている。
『アンタが、魔王の娘か……』
『クソッ、どうしても逆らえねぇ!』
『逃げろ……!』
そう嘆くと一斉に跳躍し襲い掛かって来た。
「っ!」
ガードしたところで捌き切れないと判断し、転移魔法で離れた場所へと回避する。
標的を失った獣人たちは互いが衝突するギリギリのところで身を翻すと、体勢を立て直した。
すぐさま攻撃へと転じる彼ら。
崩壊を免れた壁も利用して軌道を変えつつ、全方向から一方的に攻撃される。
こうも上から下から来られるとやり辛い……!
まとめて凍らせられれば早いけど、その考えを読んでいるかのように時間差で息つく間もなく強襲される。
さすがは獣人、スピードが文字通り桁違いに速い。
バルレイ将軍の特訓のおかげでギリギリ躱せている状態だ。
でも近接戦が得意ではない私は避けることに思考を割くのが精一杯。
獣人たちを傷付けずに捕らえる方法まで考えられない。
【リリシア様、さっき血の匂いがしました。僕の周りにいた獣人が一斉にそっちに行ってますし、明らかに問題が起こってますよね? 僕も行っていいですか。というか――】
異変に気付いたキリノムくんが念話を使い話し掛けてきた。
不穏な声音で問い掛けてくるものの、余裕がなく最後までハッキリ聞き取れない。
応援を要請すべきか考え、反応が遅れた一瞬の隙。
犬人が見逃さず私の腕を鷲掴んだ。
「……っぐ!」
ギリギリと鋭い爪が皮膚に食い込み血が流れる。
痛い、けど首輪に上書きをするチャンス……!
反対側の手で血を拭おうとした刹那、大きな熊人の手がそれを阻止するように私の手を捻り上げた。
ま、ずい……っ!
「リリに何するんだ!」
「やめぬか!」
聞き覚えのある声と同時。
左右の手が解放され、犬人と熊人が後方へ吹き飛ぶ。
入れ替わるように傍に立つのは、二人のモフモフ男子――。
「なん、で……」
「リリの気配が消えたから心配で、待ってられなかった」
「そなたのように転移魔法が使えぬゆえ、乗り込むのに時間が掛かってしまった。すまぬ」
ヒーローのように颯爽と登場したのは、ソラとレオンさんだ。
私を背に庇うようにして立ち、周囲を警戒しながら気遣う視線を背中越しに送ってくる。
「匂いを辿ってきたら城は半壊してるし、嫌な奴と鉢合うし。どういう状況?」
「ならば駄犬は家で大人しく待っていよ。帝国の人間が恐慌状態なおかげで容易く侵入できたのだが、もう大方カタが付いておるのか?」
そんな場合じゃないのに睨み合う二人。
答える前に聞こえてきたのは覚えのある声だ。
『何してんだ、テメェ!』
自身と同じ豹人を牽制しながらハンサーさんが。
『女性を襲うなど熊人失格であるぞ』
こちらも同じく熊人の攻撃をいなしながらベアグさんが登場する。
レオンさんと一緒に来たのだろう。
ピンチの時に現れるとか、兄様もだけどこの世界の男の人、格好良すぎるよ……。
「リリ? 喋れないほど痛いのか……?」
「……ううん。もう治り始めてるから平気だよ」
みんなのヒーローぶりにちょっと感激してただけ。
「これぐらいの傷なら完治も早い。だからそんなに心配そうな顔しないで?」
「……ん」
スリスリと頭を寄せてくるソラ。
人型になっても変わらない仕草に、余計な肩の力が抜けた気がした。
――よし、もうひと頑張りしなくちゃ。
「現状ですが、今回の一件における主犯は捕らえています」
「なに!? ……すまぬ。やはり出遅れてしまった」
「いえ。ここからが重要で、この場にいる獣人の皆さんは隷属の首輪によって行動を操られています。なので止める為には、私を主人に書き換える必要があります」
「うむ。あの見慣れぬ首輪のことだな」
理解の早いレオンさんは真剣な顔でコクリと頷く。
「方法は分かっているのか?」
「はい。そこは問題ありません」
「リリ。オレはどうすればいい?」
優しい眼差しのソラに頬を撫でられ、いつも助けられてばっかりな自分に辟易してしまう。
そんな空気を壊したのは、ハンサーさんの怒鳴り声だ。
『おいコラそこの狼! 人が必死こいて牽制してやってんのにイチャついてんじゃねーぞ!』
「は? 猫はにゃーにゃーうるさいな」
『んだとテメェ!!』
『やめるのだハンサー。敵ではない彼に突っ掛かっている時ではない』
「ベアグの言う通りだ。こやつらをなんとかして、後でゆっくりと語り合えばよい。拳でな」
レオンさんがギラついた視線でソラを睨み付け、襲い掛かってきた犬人を殴り返す。まるで後でこうしてやる、とでも言うように。
「上等だ」
対してソラも高く跳躍し、迫る鳥人を地へと叩き落とした。
……代理戦争ですか?
いやいや、獣人たちは首輪に操られているだけってさっき伝えたよね?
容赦なさすぎない?
「さ、作戦を発表します! 首輪の主人を私に上書きするので、なるべく傷付けず拘束してください!」
堪らず作戦という名のお願いを発表する。
このままではキリノムくん同様、正当防衛を通り越した過剰防衛だ。
一刻も早く遂行しなければ。うん。
「ん。分かった」
「了解した」
『わーった!』
『心得た』
四者四様の答えが返ってきて、四方向に散開する。
残るは五人。
相手をする人数が半分になったのと、ソラが鳥人を抑えてくれているので地上に集中でき、随分と応戦し易くなった。
これならいける!




