10話 ランチタイムは戦争です
薔薇に似た植物が咲き誇る立派な庭園の一角。
アンティーク調の白いガーデンテーブルとイスが四脚用意されているそこは、母さまと私がたまにティータイムを一緒に過ごす場所だ。
たまにというのは母さまも仕事をしているので、都合が合えばということ。
楽しみな時間の一つである。
が、今日はどうしたことか。
ランチタイムに兄さまと訪れてみれば、母さまどころか父さままでいるじゃありませんか。
しかもテーブルの上にはすでに豪華な料理が並べられていて、メルローやメイドさんたちがお茶の準備をしている。
あれ、ここ使う予定でしたか?
「なぜ父上と母上がこちらに?」
兄さまも知らなかったようで、父さまたちを見るなり開口一番に問い掛けた。
「たまには家族水入らずで昼食をと思ってな。誘う前に来てしまったようだが」
お昼は仕事の都合上時間が合わないことが多いので、バラバラにとっている。
でも朝と晩は揃うようにしてくれているから寂しくはない。
「……本音は?」
兄さまの雰囲気が剣呑なものになった。あれ?
「バルレイからリリが調理場にいると聞いてな。疑問に思い事情を探れば料理をしているというではないか。これが食べずにいられるか!」
将軍! お酒を受け取った報告のついでですか律儀!
というか、そんな理由で忙しいのに集まったの!?
「リリと一緒にいるのは魔力探知で分かっていたが余計なことを……」
「まあまあ二人とも落ち着いて? リリ、母様の隣にいらっしゃい」
チラッと兄さまを見ればゆっくりと降ろしてくれた。
離れた途端ブワッと黒く禍々しいオーラが兄さまから立ち昇る。
す、すごい殺気だ。
魔人は戦闘モードになると、身体を巡る魔力がオーラとなって可視化される。
膨大すぎる魔力量がそうさせるらしい。
さらに魔力の質が良いと具現化され、相性が良い属性となって世界に干渉するのだそう。
兄さまの場合は火属性。
おかげで兄さまの半径数メートルは一瞬で焼け野原だ。
爆弾でも着弾したのかと言いたくなるような惨状になっている。
私たちには危害が及ばないように留めてくれているみたいだけど、メイドさんたちはガクガクと震え出す始末。そりゃ怖いよ!
「リリ、手を見せて? 怪我しなかった?」
「そんなこと言ってる場合ですか!?」
恐怖の宴の中であっても、母さまはのんびりとした口調で私の手を確かめるマイペースさ。今まさに怪我人が出そうですよ!
「か、母さま、兄さまを止めてください」
「男の子はやんちゃなくらいがいいじゃない?」
暴れん坊が過ぎるよ。メイドさんが失神寸前だよ。
「父さま……」
「その程度とはまだまだ私の足元にも及ばぬな」
なにその格闘漫画みたいなセリフ!
こんな穏やかな昼下がりに披露しないで! 闘技場でやって!
「に、兄さま落ち着いてください」
魔法の使えない私には近付くという自殺願望はないので、遠くから呼び掛ける。
なんかもう庭がえらいことになっている。
マグマでも沸いたみたいに地面がボコボコ言って蒸気とか出てる。
どうすんのこれ。直るの?
兄さまは私の声が聞こえていないのか、周りを焼き尽くすのを止める気配がない。
ダメだこれ。
もうこうなったらデキる執事に縋る!
母さまの傍を離れ、優雅に茶葉を蒸らしているメルローのズボンを掴む。
「メルロー」
「心得ました。リリシア様」
メルローは私の言葉を最後まで聞くことなく優しく微笑むと、兄さまに視線を向け躊躇いなく近付いていく。
「ディートハルト様」
「……うるさい黙れ」
「いい加減になさいませんと、その御手のものが貴方の魔力で消し炭になりますよ」
シュンッ。
おお! すごい一瞬で鎮静化した!
というか、バスケットが所々焦げてるだけで済んでいるのが凄い。
「すまないリリ。一応手には気を付けていたのだが……」
「そんなとこに気を配らないで周りの人間に向けて!?」
魔力コントロールの高さだって無駄使いしすぎだよ……。
「そうでなきゃ一瞬で蒸発しちゃってたわね」
「味が変わっていたらどうしてくれるのだ、ディー」
この庭をまず懸念すべきですよ父さま。
「ご心配なく。最初から譲る気はありませんから」
「……なんだと?」
「これはリリが俺の為だけに作ってくれたもの。なぜ父上に差し上げなければならないのです」
「あらあら。母様は頂く気満々よ? 娘の初めての手料理ですもの」
「…………。」
なぜか三人の背後に三竦みの絵が見えた気がした。
「な、仲良く! 仲良くみんなで食べましょう!」
殺人オーラ三人分はご勘弁願いたい。庭一帯が新地になる。
「兄さま、そんなこの世の終わりみたいな顔しないでください」
「だってせっかくリリが……」
だってって。可愛すぎか。
「また作りますから。今度こそ兄さまお一人用に」
キリノムくんに迷惑を掛けると思うけども仕方ない。私は兄さまに弱いのだ。
「……絶対だぞ?」
「はい。約束です」
兄さまに近付き、しっかり目を見て断言する。
するとようやく綺麗な笑顔を見せてくれた。
とてもこの地獄のような光景を作り出した人物とは思えない。
「よかったわねぇ。さ、食べましょう?」
「午後の執務も詰まっているしな。リリは今度父様専用にも作るように」
席に着けば父さまがさりげなくお願いを折り込んでくる。
「母様にもね」
頭を優しく撫でながら母さまも。
キリノムくんすまない。あと三度ほど迷惑を掛けそうだ。
その後サンドイッチはみんなで美味しく頂きました。争奪戦気味に。




