107話 もふもふパニック
『レオン殿、だと……?』
「はい。今うちの城で保護しています」
『な、何モンだお前』
「ロクサリア王国の――端的に言うと魔王の娘です」
『お姫様ですか!?』
きゅるんとした黒い瞳で見つめてくる柴犬さんこそ姫だと思う。声からして多分男性だけど。
『どういうことであるか? レオン殿はウェンサ帝国におられるはずだろう?』
『だよな……? まさか……攫って人質に取ったってことかよ!』
人質とは酷い言われようだ。でもまあ、確かに口だけじゃ信憑性に欠けるかな。
「証拠の手紙を預かっています。これで信じてくれますか?」
空間魔法で預かってきた紹介状を取り出し、三人の獣人に向かって差し出すと揃って互いの顔を見合わせた。
素直に受け取っていいものか悩んでいるのだろうか。
『ああー! そうだ、レオン様の匂いですよ! その手紙からも同じ匂いがします!』
離れたところからクンクンと匂いを嗅いだ犬人が手紙を指差して叫ぶ。
さすがワンコ! 撫でたい!
『ホントか? おい、そこを動くなよ』
豹人がジリジリと距離を詰め、猫パンチもといひったくるようにして私から手紙を奪う。
そのまま器用に封筒の端を破いて中の手紙を黙読すると、一瞬固まった後に無言で熊人に渡した。
『ふむ。間違いなくレオン殿の字――。こっ、これはまことであるか!?』
同じように黙読し、驚愕する熊人。
私は内容を読んでいないけれど、紹介する旨以外にもウェンサ帝国で掴んだ情報などが書いてあるのだろう。
最後に渡された犬人も熊人と似た反応をしている。
『おいアンタ』
なぜか豹人が信じられないものを見るような目で私を見てきた。うん?
「はい、何でしょう」
『レオンさんから他に何か預かってるか』
「あとはこれぐらいですけど」
服で隠していたネックレスを取り出して見せれば、三人はズギャーンと衝撃を受けたようなリアクションを取った。な、何ですか。
『れ、レオン様のお嫁さんが危機を知らせに来てくれたよー!!』
犬人が叫びながらダッシュで門の中へ入って行く。
「ええええーーーー!?」
『未来の奥方とは知らず、大変失礼をした』
「いや違います! 何が書いてあったんですか!?」
『皇帝が住む城の地下に疑惑の施設あり。家宝のネックレスを持ち訪れた女性は伴侶になる予定だから、丁重にもてなせって』
「うん、それ後半はフィクションですね」
『情報だけでなく奥方まで手に入れてこられるとは、さすがレオン殿』
「話聞いてる!? ていうか、そんなこと言ってる場合じゃないですって!」
『その言い方……、事情を知ってんのか』
「え、はい。大体のことはレオンさんから聞きました」
『なんと。随分と気を許しておられる。やはり奥方ではないのか?』
「レオンさんがこちらへ帰る手助けをする約束なので、その都合上で話してくれただけですよ」
理由も知らせずただ力を貸せっていうのは、横暴だし。
伴侶に関しては全くの謎だよ。警戒心を下げる目的なら友人でよかったのに……。
『なんかよく状況が分からねぇけど、とりあえず中で話聞かせてくれ』
豹人がクイッと顎で門の中へ入るよう促してくる。
「入ってもいいんですか?」
『ああ。入れよ奥様』
「違うって言ってるじゃないですかモフりますよ!」
「も、もふり……?」
「撫でまくるってことです」
『変態じゃねーか! なんでこんなヤツ選んだんだレオンさん!』
「だから選ばれてませんて!」
ギャイギャイと豹人と言い合う。なんか口調とかがユイルドさんぽくて、親しみやすいのだ。きっと獣人に囲まれてテンションも上がっている。
『そこまでにしておけ。レオン殿の奥方であるぞ。あまり親しげにするな』
『し、してねーし!』
『申し訳ない。紹介状を持った客人が訪れるのは稀であるから、ついはしゃいでしまうのだ』
『だから、はしゃいでねぇ!』
奥方の件はともかく、やっぱり訪問者って少ないんだ。
「……あの、私が入って他の人たちは怯えませんか?」
熊人の言葉に、モフモフで浮かれていた私の気持ちも冷静になった。
他種族を寄せ付けないようになった経緯を思い出したからだ。
『貴殿からは敵意を感じない。レオン殿の匂いも付いているし、大丈夫であろう』
……預けてくれたネックレスのおかげなんだね。
家宝と言っていたっけ。帰ったらすぐに返そう。
『おい、ボーッとしてねぇで行くぞ』
「あ、はい。って、ここの警備はどうするんですか?」
『某が残るから心配は無用である』
「一人で見張るんですか? 他に来てくれる人とかは?」
『いや。今は警戒態勢なので三人いるが、平常時は一人なのだ。だから気にせず行ってくれて構わない』
熊人が大きな手で促してくるけれど、一人だけ残すのはどうにも気が引けてしまう。
「そうだ。ちょっと魔法を使ってもいいですか?」
『? 何の魔法であるか?』
「熊さんを一人にせずに済む魔法です」
『な、何する気だよ』
「百聞は一見に如かず。ってことで、【結界!】」
上空で見た島の形と大きさを意識して結界を張る。
島全体を丸ごとスッポリ覆うものだ。よし、これで安全。
「島全体に結界を張りました。これで外から侵入できませんし、もし攻撃されたらすぐに分かります」
『こ、これは見事であるな!』
『マジかアンタ……』
驚きの表情で上空を見つめる熊人と豹人。私は揺れる尻尾に釘付けだ。
「なので熊さんも一緒に行きませんか?」
手を差し出せば少しの躊躇いの後、大きなモフッとした手で握り返された。リアルテデ●ベア……!
『かたじけない』
『おいコラ。てめぇこそ親しげじゃねーか!』
「じゃ、じゃあ豹さんはこっちの手を!」
『に、握るかボケ!』
反対側の手を出したら、ぷにぷにの肉球で叩き落とされた。残念。




