106話 矢面に立つのはいつも現場の人間
「よほど死にたいらしいな。では望み通り――」
「ちょ、ストップ!! あの、仮にですが断ったらどうなりますか?」
「私の首が飛びます……」
どのみち死亡じゃんこの人。憐れすぎる!
いやそれにしても、私が足止めされるとは想定外だ。
確かに皇帝城は気になるとは思っていたけれど、レオンさんを待たせている身で行くのはどうなのだろう。
きっと国の人たちに早く知らせたいはず。
とはいえ、皇帝陛下のお誘いを断るわけにもいかないし……。
「き、キリノム。ちょっといい?」
「はいっ!!」
実に良い笑顔で返事が返ってきて思わずビクッとなってしまった。
めちゃくちゃ嬉しそうだよ。
いくら設定とはいえ、こっちは年上の人を呼び捨てにするのが落ち着かないというのに、この喜びよう……。
「……えっと、皇帝陛下のところへは私一人で行くから、キリノムくんは先に獣人の国に行って、レオンさんのことを説明しててくれないかな? なるべく時間短縮したいの。後で合流するから」
衛兵に聞こえないように顔を近付け密談をすれば、キリノムくんの顔が蕩けた。
「嫌です」
「笑顔で即答!?」
「リリシア様に何かあったらどうするんですか」
「大丈夫だよ。こんな言い方するのは嫌だけど……、人間に負けるほど弱くはないと思う」
「それは当然ですが、リリシア様は優しいから心配なんです。今だってあんなゴミなど見捨てればいいのに、気に懸けて行こうとしている」
真面目に働くおじさんをゴミって。
「もし問題が起きたら念話で知らせるから」
「いいえ駄目です」
首を縦に振ってくれないキリノムくん。
いつも必要以上にお願いを聞いてくれるのに、今日は強情だ。
「あの、どうかされましたでしょうか……」
密談し続ける私たちに、衛兵がオロオロしながら声を掛けてきた。
命が懸かっているからか、顔色が酷く悪い。
「いえ。すみませんが、二刻ほどお時間を頂けないでしょうか。先にどうしても行きたいところがあるので」
キリノムくんが了承してくれなかった以上、先にレオンさんを送り届ける案に変更だ。
皇帝陛下のご招待より、レオンさんとの約束の方が大事なのだ。
どちらも外せないなら、優先度が高い方から先にこなす。
「し、しかし……」
まあそう言われても困るよね。
でもここで足止めを食らっている時間も惜しい。
この人には可哀想かもしれないが、ちょっと強気にいかせてもらおう。
「では言い方を変えます」
頭に思い浮かべる参考人物は魔王モードの父様。
当社比二百パーセント増しの毅然とした態度を意識して言い放つ。
「私はお招きに応じないとは言っていません。まさか大国の長たる皇帝陛下が、女性の準備が整う猶予も与えないなど極狭量なことはなさらない、と信じていますが」
だけどこの人に言っても仕方がないのは分かってる。だからこう付け加える。
「そう皇帝陛下にお伝えし、少しの暇をもらってください」
いきなり態度を変えた私にポカンとしてしまった衛兵。が、すぐにハッと我に返り青褪める。
「そ、そんなことをして不興を買ったら私の命が……!」
この人死亡ルートしかないの? どんな無理ゲー!?
もういいよ!
「分かりました。キリノム」
なぜか恍惚の表情で私を見つめていたキリノムくんを呼び寄せる。
「何でしょう? こいつを殺せという命令ですか?」
「違います。この方が殺されないよう皇帝陛下の元へ一緒に行き、今の言葉を伝えてください」
「……はい? 嫌ですよ! なぜ僕がこんなゴミと!」
「キリノム。お願いします」
「…………っ。わ、分かりました」
あまり見せない真剣さが伝わったのか、キリノムくんはぐっと息を飲んで了承してくれた。
普段の私のアホさが役に立ったようだ。それもどうなの。
「では後で」
キリノムくんと衛兵に一礼し、風魔法で浮かび上がる。
こうなったら私一人で決行だ。
入国審査を通れば上空を飛んでも咎められることはない。とりあえずフル発動でかっ飛ばす。
キリノムくんを残してきたものの、早くしないと機嫌が持たない恐れがある。
人間に対してかなり差別的だから、あまり待たせるとマズいことになりそうな気がしてならないのだ。
目下に広がるウェンサ帝国の街並みも完全に無視し、最大出力で飛び続ける。
するとそう時間も掛からない内に獣人の国が見えてきた。
他国よりも一回りほど大きな国土を誇る、緑豊かな離島だ。
でも島の周囲をグルリと囲うように堅牢な柵が張り巡らされているのが、異様な光景でもある。
迫害されたという過去の歴史のせいでこうなったのだろう。
柵がなければ海に囲まれた素敵な島なのに……。
心にズンと重いものを感じつつ、入国審査をしてくれそうな場所を探す。
「……あ。あれかな」
島の東側。柵が途切れ門の形をした場所がある。
魔力探知をすればそこに三人いるのが分かる。レオンさんほどではないけれど、人間よりは遥かに強い気配だ。
きっと国の入り口を護っている衛兵に違いない。
狙いを定め一気に急降下する。
まさか空から来訪者が来るとは思わなかったんだろう。
熊、豹、犬の二足歩行タイプの獣人が、私の姿を見るなりギョッとした。
『てっ、敵襲であるかッ!?』
ヒグマのような巨大モフモフがシャキンと爪を伸ばす。
『は、ハァ!? 女一人で乗り込んできただと!?』
シャーッと豹柄の毛を逆立てるしなやかなモフモフ。
『待ってください! なんか嗅いだことある匂いがしますよ……?』
クルンとした尻尾が可愛らしい柴犬っぽいモフモフが動揺する。
全 員 モ フ り た い。
『な、なんか震えておるぞ……?』
『油断すんな! 武器を持ってるようには見えねぇが、怪しすぎんだろうが!』
『だっ、大丈夫でしょうか?』
いかん。あまりの衝撃に理性が振り切れそうになった。
「すみません。初めまして、私はリリシア・ロクサリアと申します。レオンさんのことで伺いました」




