105話 入国審査
「キリノムくん城勤めの人たちの食事は!? 料理長でしょ!?」
「リリシア様との婚前旅行の前ではクソどうでもいいです」
「色々間違ってるよ!?」
どうしてこうなった。
「はい、質問。なんでキリノムくんが抜擢されたんでしょうか……」
「使用人の中でも一、二を争う戦闘力を有する僕が適任ということで選ばれました。一番暇そうなユイルドのやつは、天狼狩りの時リリシア様に怪我を負わせましたから失格です」
「いや別に殴り込みに行くわけじゃないんだけど!」
ただ行って帰って来るだけの弾丸旅行だよ。
「念には念をということですよ。リリシア様お一人で行って、帝国の雑魚どもに絡まれたら面倒でしょう?」
「雑魚とか戦闘力はともかく、それは確かに……」
転がされることに定評がある私としては不安要素ではある。
「ということで、僕はリリシア様の従者という体でいきます。これだと手続きなどの雑務を僕がしても不自然ではないですから」
「……うぅ、お手数をお掛けします」
ほらやっぱり人の手を借りる羽目になってしまった。早く自立をせねば……。
「それでキリノムくん執事の格好をしてるんだね」
キリノムくんは今、いつものコックコートではなく、メルローと同じ漆黒の燕尾服を着ているのだ。
登場した時からこの格好だったから、何故だと思っていたんだよ。まさかそんな裏設定がなされていたとは。
「似合いますか?」
「うん。仕えて欲しいお嬢様が殺到しそう」
お世辞抜きでめちゃくちゃ似合う。逆に目を惹くんじゃないだろうか。
「僕がお仕えするのはリリシア様お一人ですよ」
スッと片膝を着き、私の手を取り見上げてくるキリノムくん。
背後にキラキラエフェクトが見えた気がした。
「の、ノリノリだね」
「はい。転職したいです。合法的に四六時中お傍にいられるので」
「真顔なのが怖い。時間が惜しいから行こうか!」
「ではリリシア様。これ以後、僕のことは呼び捨てにしてくださいね」
「え、ああ従者の設定だっけ。うん、分かった」
「生涯ですから」
なにそれ聞いてない。
そんなこんなでウェンサ帝国の国境付近の魔の森に到着。
いざとなると初の国外に少し緊張する。
「リリシア様。そんなに真剣な顔をしていたら、旅行者に見えませんよ?」
「あ、そっか。ありがとう」
用意してもらった入国申請書の理由欄には『旅行』と記してある。
従者一人だけを連れた気ままな一人旅、という設定なのだ。
マジ顔だと確かにまずい。
よし、モフモフ天使なソラの姿でも考えよう。ありえないくらい緩むから。
「……ん。もう大丈夫。行こう、キリノムくん」
「はい。僕に任せてくれたらいいですからね」
キリノムくんが先導するように私の前を歩く。
草木を手刀で薙ぎ倒し、歩きやすいよう道を作ってくれる。過保護……。
そう歩かない内に拓けた場所に出て、果てしなく横に長く続く絶壁が出迎えた。
一部が太い鉄製の格子戸になっていて、内側に二人の衛兵が立っている。
討伐や採取で出入りする為に造られた門だ。
どこの国も魔の森に面している側はこんな感じになっている。
門に近付けば森から現れた私とキリノムくんを、衛兵がギョッとした顔で見た。
まあそうだろう。明らかに討伐・採取に不向きな軽装すぎる人間が出てきたら異常だよ。旅行者設定大丈夫か。
「何者だ!」
案の定、不信感満載な感じで誰何される。
するとキリノムくんが一歩前に出て、衛兵二人に言い放った。
「黙れ。人間風情が頭が高いぞ」
キリノムくん!? 執事のはずでしょ!? そんなケンカ腰の執事いないよ!
「こちらは我らが魔王様の御息女、リリシア様である。旅行の為この国を経由したいと申しておられるのだ。さっさと通せ」
紋所でも取り出しそうなセリフと共に、入国申請書を衛兵の足元に投げ捨てる。
ちょっとー!? 自ら火種を撒きすぎだよ! 穏便に!
「なっ、魔王の娘だと!?」
「ま、まさかな。大体、平民ではあるまいに事前通告もなしに何を言う!」
もっともだよ。一応、王族になるからね私……。
「急な話ですみません。審査をお願いしたいのですが」
無理を承知でキリノムくんの背から顔を出し頼むと、衛兵二人は真っ青な顔から一転、みるみる赤くなっていく。すごい信号機ばりによく変わる。
「すっ、すすすぐに上の者に確認して参ります!」
「しょ、少々お待ちください!」
書類を拾い、すぐ側にある詰め所らしき建物に爆走して行く衛兵の二人。
ここに一人残るべきじゃないんだろうか。警備ザルすぎない……?
「さすがです、リリシア様」
「え、何が?」
「美意識の欠片もない虫けらをも魅了するその美しさ! まさに天上の美!」
「キリノムくんテンション高いね……」
人間にはない髪と瞳の配色にちょっと興奮しただけだと思うよ。
銀髪も金の瞳も、魔族にしか現れないと言われているのだ。
実に楽しそうなキリノムくんは置いといて、周囲に意識を巡らせる。
衛兵詰め所の向こうには、森に面した外壁と同じ様に見上げる程高い鉄製の柵。
上部には有刺鉄線がこれでもかと張り巡らされている。
厳重すぎる二重構造は、まさに侵入防止・中からの逃走防止といった感じだ。
レオンさんは獣人の高い身体能力があったからこそ、逃げられたんだと思う。
さらに柵の先には等間隔でそびえ立つレンガの塔がある。
恐らくあれがウェンサ帝国の魔の森監視塔。
備え付けられた砲台が無数にこちらを向いていて、魔物が侵攻してきたらそれで迎撃するつもりなのだろう。
ヴァンさんがいる監視塔を見慣れているせいか、妙に物々しく感じる。
あそこは砲台とか何もない、ただのオシャレな建物だからね……。
ま、まあそれよりウェンサ帝国皇帝が住んでいるというお城は、確かここからそう遠くないとレオンさんから聞いた。
……気になる。
「随分と待たせてくれますね。呼び鈴代わりに塔を潰していきますか?」
「はい!?」
「そうすれば走って来るかと」
「宣戦布告も甚だしいのでぜひともやめてください。というかキリノムくん、さっきの衛兵に対する態度もマズいよ……」
「? これぐらい普通ですよ?」
そんなバカな。
「魔族が人間に対する態度って、皆そんな感じなの?」
「まあそうですね。基本、見下しているので。困った時だけ都合良く泣きついて来る寄生虫のような存在……いや汚物。というのが共通認識です」
どんだけ! マリアナ海溝より深い差別意識じゃん……。
「お待たせ致しました!」
衝撃の事実が発覚したところで、ぜーぜー言いながら衛兵の一人が戻って来た。
息を整え敬礼すると、審査結果を声高に教えてくれる。
「ロクサリア王国の王家申請書類で間違いなし、と鑑定結果が出ました!」
お忘れかもしれないけど、ロクサリアはうちの国名だよ。
「あの、身分証の提示は」
「ひっ、必要ありません! 先程の書りゅいを持つことは、王家の方以外には不可能にゃので!」
めっちゃ噛んでる! 余程恥ずかしかったのか、顔が真っ赤だ。
「では通るぞ」
「そ、それは少々お待ちを!」
「はァ? これ以上時間を奪うとは死にたいのか?」
「ひっ……! わ、我々の手に余る事案だった為、早馬で皇帝陛下にお知らせしたところ、お城にお連れするようにと!」
…………はい?
 




