104話 はじめてのおつかいより過保護
「なに? それは真か」
「はい。私が先に単独で獣人の国を訪れればいいんです。そうすれば転移魔法を使って一瞬で帰って来られるので、そのままレオンさんを連れてもう一度転移すればいい」
転移魔法で他国にいきなり入ることは禁止されているけれど、入国審査を受ける国の入り口までなら許可されている。
国を跨ぐ場合、間の国の入国審査を一度でも通っていれば不要。
つまり私がウェンサ帝国経由の正規ルートで獣人の国へ行き、一旦帰ってくればいいのだ。
そうすればウェンサ帝国をすっ飛ばして、獣人の国までレオンさんを連れて行けるようになる。
同行者のレオンさんはちょっと違法かもしれないが、私自身は法令順守(これ重要)だし、ウェンサ帝国に問題がありそうな今回はセーフってことで……。
「……確かに名案ではあるが、そなたの負担だけが大きいではないか」
「いえ、全くです。ウェンサ帝国の国境付近までは転移魔法で行って、入れたらそこからは風魔法で獣人の国まで上空を飛行。数刻あれば充分で、魔力量も全く問題なしです」
「ダメだ。リリ一人だと危険すぎる」
「大丈夫だよ、ソラ。念話だってあるし。レオンさんの紹介状があれば、獣人の国に行っても不審者扱いされませんよね? 一筆書いてもらえますか?」
「それぐらいは構わぬが……」
もっと喜んでくれるかと思ったのに、レオンさんはずっと複雑な顔をしている。
「これが手続き的にも一番簡単で合法です。任せてもらえませんか?」
私のダメ押しに考え込むレオンさん。
しばらく逡巡していたものの、最後には頭を下げた。
「…………頼む」
よし、そうと決まったら早速行動開始だ。
「リリ。オレもついて行く」
「ううん。ソラはここで待ってて。天狼は珍しいから、入国審査で足止めされちゃうかもしれないし」
というか確実にされるだろう。
ソラには言えないけど、魔物を自国に通すとは思えない。
「でも……」
「そんな顔しないで? すぐ帰ってくるから。あと、まずは服を着てください!」
真面目な話してたのに、ソラ半裸のままだったよ。
「…………分かった」
しょんぼりとした様子で自室に戻っていくソラ。
人型じゃなければ背後から襲ってモフりまくるほど気落ちしていた。
「……リリシア?」
扉が閉まっても動かない私にレオンさんが声を掛けてきて、我に返る。
いかん。モフモフ姿を妄想している場合じゃなかった。
「えーっと、一筆箋でしたね。緊急時ということで紙は何でもいいですか?」
「うむ。通常は正式な用紙があるが、その旨を書き添えておけば問題ない」
「ではこれを」
空間魔法でA4くらいの羊皮紙と羽ペン、インク壺を取り出す。
日常生活に必要になりそうなものは空間魔法でストックしてあるのだ。
生態以外は何でも入る。
魔力量に応じて容量が異なる仕組みで、私は無制限なブラックホール。
無限すぎて何が入っているのか把握し切れていないという、収納名人なのかそうでないのかよく分からないことになっている。今度整頓しよう……。
そんなことを考えている内にレオンさんは慣れた手つきでサラサラと文字を記していき、あっという間に書き終わった。
「レオンさんの文字だと分かる人、いますよね?」
「案ずることはないと思うが、証拠となるものを渡しておこう。リリシア、こちらに来てくれぬか」
手招きされるのに従えば、レオンさんはプチプチと上着のボタンを外し、黄金色のチェーンをしたネックレスを取り出す。
あれ? そんなのつけてたっけ?
獅子の姿の時はたてがみのモフみで、服を着る前はビックリし過ぎて気にも留めていなかった。
「これは我が一族に代々伝わるものだ。ペンダントトップには家紋が刻まれている。これを見せれば疑われぬ」
おもむろに外すと私の首にそっと掛け、満足そうに笑う。
「うむ。よく似合う」
「すみません、少しの間お借りします」
見れば二頭の獅子が向かい合うようにして咆哮しているデザインの、とても気品あるものだった。
凄くお高そう……。
ウェンサ帝国の人には見られないよう、服の下に隠すことにした。
金属探知機はないから問題ない。
「では行ってきますね」
父様に入国の為の必要書類を作ってもらい、ソラに挨拶をしたら出発だ。
「くれぐれも気を付けてくれ」
ふわりと私の前髪にキスを落とし、切ない顔をするレオンさん。
ソラと殴り合い寸前の抗争が勃発するのは三秒後の話。
更にごねる父様を説得しノイン参謀が書類を書いてくれて、いざ出発!
「リリシア様と二人で旅行ができるなんて……っ!」
隣にはプルプルと喜びに打ち震える桃色頭の悪魔ことキリノムくん。
初めての国外ということで、保護者同伴じゃないと許可されませんでした。
 




