99話 獣人の人化
「そ、ソラ! お帰り」
「ただいま。で、何そいつ」
ズゴゴゴゴと真っ黒な背景が見えそうな雰囲気でソラが問い質してくる。
「ま、魔の森で出会いました」
「浮気するなんて酷い。今すぐ帰してきて」
「ええ!?」
まさか捨て猫を拾った子どもみたいな扱いをされるなんて。違うか。
「ソラ、この子……じゃなくてこの人、魔物じゃなくて獣人なんだよ。だから獣人の国まで送って行こうと思ってるんだけど」
さっきからずっと『獣人の国』と言っているけれど、これが正式な国名なのだ。
変わっているのは国名だけではない。
国内には獣人の種ごとに王様がいて、その全員が国王も兼任するという政治体制を執っているのである。
だから国王が十一人もいる。
重要な決議はその十一人で話し合い決めるとか何とか。
「獣人?」
怖い顔で金獅子を見下ろすソラ。金獅子も負けじと睨み返している。
「それなら、なんで人の姿にならない?」
「あー……。それはタイミング的な問題。私がいると戻れないから」
獣の状態から人に戻ると全裸だ。
服を着ていないから当然と言えば当然だけど。
だから意思の疎通が不便でも、獅子のままでいるしかない。
変態じゃない限り堂々とできないだろう。されても困るよ。
「リリが獣に弱いから、そのままでいるだけじゃないのか?」
「いやまさか」
ビクッとなる金獅子。
そのまさかだった。私も大概チョロいね。自覚はあるよ。
「ま、まあ私はモフモフが堪能できるしいいじゃない」
「リリ優しい」
ぎゅっと私を抱き寄せるソラ。
そのまま金獅子に舐められた頬を上書きするみたいに同じ場所へキスしてくる。
ソラの砂糖に練乳ハチミツがけのような甘い態度に、金獅子は目を細めてグルルと低く呻った。
そんなもの見せんじゃねぇよってことですね。分かります。
でもこれ、我が家では割と通常運転なので……。
「なんだお前。何か言いたげな顔して」
ソラが煽るようなことを言うと、金獅子は無視してベッドまで歩いていき、シーツを交換したと一目で分かるメイキングされた布団に潜り込んだ。
やってらんねぇってことで寝に行ったのかもしれない。
「ソラ。そんなにケンカ腰になっちゃダメだよ」
「だってリリに手を出した」
いつですか。身に覚えがないよ。
「――貴様こそ、その者の何なのだ」
突然、部屋に響く艶のある男性の声。
え? と思いソラの腕に囲われた状態で部屋の中を見回すと。
アハ体験のように変化をじっくり探さなくても、変わったところは一目瞭然だった。
「先程から密着しすぎであるぞ」
なんとベッドの上に金髪美青年が現れたじゃありませんか。
「ええーー!?」
金糸の髪から覗く丸みを帯びた獣の耳、瞳孔が縦に長い琥珀の瞳、喋ると見える鋭い犬歯は金獅子の特徴そのまま。
腰から下は寝具で隠しているけれど、引き締まった上半身を堂々と晒している様は、まさに王者の風格。
口調までもが王族っぽい。
どうやらこの人は限りなく人に近いタイプの獣人だったらしい。
というか若い! 兄様と同じかちょっと上くらいに見える。
「露出狂の変態には関係ないだろ」
「貴様に物申すには人にならねば伝わらぬであろう。この駄犬めが」
寝る為じゃなく、人に戻る為にベッドに潜り込んだんだと思っていれば、バチバチと睨み合う二人。
人に懐かない天狼と、他種族と関わりを持たない獣人の相性は最悪なようだった。
でも私的には夢の競演……ッ!
「リリ。見ちゃダメ」
モフモフドリームマッチに浸っているとソラに目を塞がれた。
「あ、そうだよね……。ごめんなさい気付かなくて」
「よい。こちらこそ婦女子にこのようなものを見せてすまぬな」
「じゃあ早くしまえ」
「ソラ!?」
えらく突っ掛かるけど、どうしたんだろう。
訓練後で気が昂ぶっているのかな。
「と、とりあえず着るものを用意するので、それに着替えてもらえますか?」
そうでなければ話が進まない。
獣人は人である方がデフォルトだ。
また獣に戻れと言うのも酷な話だと思う。
なにせ有事の際と愛する者にしか見せない姿と言われているのだ。
……すでにガンガン見ちゃったけども。
「すまぬ。手間を掛ける」
「いえ。執事を呼びましたから、直に来ると思います」
デキる執事メルローに念話で助けを求めた。
『至急、青年の下着と服一式を私の部屋まで持って来て! ただし獣人用でソラより少し大きめサイズ!』という不審且つ無茶ブリな要求だったけれど、メルローは数分もしない内に部屋を訪れてみせた。
髪の一筋すら乱れていないとか凄すぎるよ。




