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怖い体験

作者: 宇野鯨

 


 私が中学三年生だった頃だ。とは言っても、まだ思い出せないほど昔の記憶ではない。


「あの日」はまだ忘れられない。今でも心の本棚にしまってあるその本は最近のものだが帯が折れ、シミがついている。


「あの日」は新年を迎えたばかりだった。一階の洋室と和室に置かれたテレビでは、歌番組と、痛々しいバラエティが点いている。



「明けまして、おめでとう」

「おめでとう!」

「今年もよろしくお願いします」などと言い、緩やかな時間の流れが始まった。一年のうち、この三日間だけは日が出ている時間も、月が出ている時間も長く感じる。とにかく悠長な波に飲み込まれてしまう前に、私は年を跨いで伸びてしまった蕎麦をかき込んだ。



 ▽

 △



 二階の私の部屋のベッドで横になった。特に何か始めるわけでもなく、ただ眠気がくるのを待った。外は驚くほど静かだった。田舎だったため、いつも夜は虫などで騒がしいが今は冬だ。都市開発がメスを入れる音も、さすがに静まった。


 ようやくまぶたが重くなったところで、私は布団を被った。薄着に厚手の布団が気持ちいい。私の意識はすぐに吸い込まれていった。




 ドンッ



 足元で物音がして目が覚めた。このベッドは二段で、下は机だ。私の注意は下へ注がれた。



「……"誰だ"…?」



 ただ物音がしただけなのに、机に飾っていた物が落ちたとは考えられなかった。よくある、"視線を感じた"や、シャンプーをしているときに後ろが気になる、あの感覚に近かったからだ。声には出していない。出してはいけない気がした。



 ドンッ



 音は断続的に、ドンッと繰り返した。自分は恐ろしくてベッドから出ることができなかった。ただ音が止むのを待つ。注意深く聞いたところで何かに気づき、ようやく緊張が解けた。音は鈍く、くぐもっていた。



「……?」



 文字にできない拍子抜けが飛び出す。音の出所は一階からだった。そういえば。

 恐怖が大きかった分、面白おかしい気持ちが湧いてきた。そういえば真下は親の部屋だ。



「早く寝ろってこと…か?」



 寝てたのに。まだ眠気はあるので、わざわざ下に降りて伝えにいくなんてことはしない。それに何度も言うが年明けだ。できるだけ気分は高いままがいい。



『 でも天井によく届いたな 』



 何気なく口に出した言葉をもう一度なぞったとき、背中をゾワッと鳥肌が伝った。ムカデが走り抜けた感覚に、びっしりと冷や汗をかいた。


 家の天井は高くも低くもなく、普通の家と同じぐらいの高さだ。当然、親の部屋もだ。つまり、その部屋のベッドから立ち上がって、背伸びでもすれば届くだろう高さ。


 だが。

 そこまでする必要があるだろうか。


 騒がしくしていたなんて。私は寝ていたし、そもそも寝てほしいなら階段から直接来るのではないだろうか。



 ドンッ



 私は逃げた眠気をようやく呼ぶと、今度は布団を頭まで被った。



 ▽

 △



 朝起きると、真っ直ぐと親の部屋へ向かった。襖を開けると、いつも通りのその部屋があった。当たり前。私はそのままじっと天井を見つめていた。そう、この真上に、自分の部屋が。



「…あれ。ここ。真上じゃないぞ」



 間取りと位置で気づいた。改築をするときにみた見取り図も思い出した。親の部屋は、二階で姉の部屋にあたる。姉の部屋は、私の部屋の隣だ。ということは。


 親の部屋の隣の部屋。

 そこがちょうど真下になる。


 足取りが重かった。下で寝ていたのは親1人だけだから。これで親がやったという可能性がなくなってしまった。


 最後の襖を開ける。

 その先にあったのは。




 今もその部屋を通ると思い出す。この話は本当にあった出来事だ。だから一刻もはやく多くの人に伝えなくてはいけないと思った。この一件を機に、私は幽霊や、超常の存在を深く信じた。彼らは、私たちが見えていないだけで本当はすぐ近くにいるのだと。


 だから教えてほしい。あの物音はどういう意味が込められていたのか。私はいまだに「あの日」のことを理解できていない。だから今日も語りかけるように、その部屋へ向かった。何かが分かるかもしれないと。



 チンッ





 小さい鐘の音が、線香の匂いを引き立てた。



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