第2神話 ヴァルさん、異世界に着く
「おお〜!ここが異世界か〜」
異世界に着くなりヴァルキリーは感動の声を上げた。辺り一面には広大な草原が広がっている。太陽の光は暖かく、涼やかな風は花の香りを運んでくる。なんとも穏やかな空気に満たされていた。
「いや〜良い所だな、この世界は。仕事はしなくていいし、くそジジイも居ないし」
そう言うとヴァルキリーは草むらに倒れこみゴロゴロし始める。そんなヴァルキリーの呑気さとは対照的にアリスは憔悴しきった顔をしていた。
「本当に大丈夫なんでしょうか?神界から追手が来たりしないでしょうか?」
「心配性だな〜アリスは。大丈夫だよ、異世界なんて腐るほどあるんだし簡単には見つかんないって。それに……」
ヴァルキリーは起き上がりアリスを見やりながら続ける。
「身につけていた神具とかスレイプニルだって返したんだ。追われる理由なんてないさ」
「では、そこに突き刺してある槍は何ですか?」
アリスが指差す先には只ならぬ気を放つ槍が地面に刺さっていた。言わずもがなグングニルである。ヴァルキリーは悪戯がバレた子供のような顔をした。
「餞別としてもらった」
「いや、多分それ一番返さなきゃいけないものだと思いますよ?」
「だって、だってさ!」
ヴァルキリーは必死になって言い返す。
「知らない世界(自分から来た)で非力な娘2人(女神とエインヘリアル)が酷い目に遭ったらどうするの!」
「そんなもん使ったらこの世界が酷い目に遭います」
アリスのツッコミが淡白になる。いい加減疲れてきたようだ。ヴァルキリーはブスッとした顔をするとグングニルを地面から引き抜き何やら呪文を唱え始めた。少しするとグングニルから強大な力を感じられなくなった。
「力を封印した。これで良いのだろう?」
そう言うヴァルキリーの目は若干潤んでいる。
「オモチャを取り上げられた子供じゃないんですからこんなことで半ベソかかないで下さいよ。まったく……」
これから先どうなることやら、アリスが頭を悩ませていた、その頃……。
ーヴァルハラ宮殿ー
玉座の間は冷たい空気に満たされていた。玉座には2メートル近い大男が座っている。その顔には無数の傷痕が残っており、経験した戦場の数を物語っている。黄金の鎧を纏い、全身から放たれる神気は誰も寄せ付けぬ印象を与える。ヴァルキリーの雇主、ではなく仕える神オーディンである。
「あのお転婆娘め……」
只でさえ威圧感のあるその顔は今より一層険しくなっていた。玉座を掴んでいる手につい力が入る。
「あ、オーディン様〜なんか〜スレイプニル帰ってきたみたいですよ〜」
オーディンがイライラしていると玉座の間の扉を開けて女の子が入ってきた。
「スレイプニルが戻ったか……。いや、待てシグルーン。何だその服装は?」
シグルーンと呼ばれた女の子の服装はとてもこの場に似つかわしくない。全体的にヒラヒラしている。
「あ、これですか〜?なんか今〜下界でホットな〜『セーラー服』って言うんですよ〜」
そう言うとシグルーンは見せびらかすようにその場でクルッと一回転してみせた。
「しかも〜聞いてくださいよ〜、これ超レアなミニスカート版なんですよ〜。なんか下界で死んでた女の子が着てたから〜貰ってきちゃいました〜」
笑顔でサラッと恐ろしいことを言うシグルーン。幼いながらもその顔にはやや狂気が滲み出ている。とりあえずオーディンは服装の件を置いておくことにした。
「まあ良い。それでヴァルキリーは?」
「もちろん〜乗ってませんでしたよ〜。代わりに〜なんか手紙が乗ってました〜」
シグルーンは懐から手紙を取り出すと読み始めた。
「え〜と『オーディン様ヘ、仕事に疲れました。自分探しの旅に出ます。探さないでください。ヴァルキリーより』だって。ナニこれ〜マジ超ウケるんですけど〜」
手紙を読みながらシグルーンはケタケタと笑いだした。オーディンはシグルーンから手紙を取り上げて続きを読む。
『P.S.旅立ちの餞別としてグングニルを貰っていきます。別にいいよね?』
読み終えたオーディンは持っていた手紙を握り潰すと玉座から勢いよく立ち上がって叫んだ。
「主神たるオーディンが命じる。戦乙女シグルーンよ!直ちにこのアホ娘を探し出し我が前へ連れてこい!」
「ええ〜なんかメンドイ。パ〜ス」
シグルーンは自分の真っ赤な髪をツインテールに結びながら主命を拒否した。少ししてオーディンは静かに玉座に座り直し目頭を押さえた。
(主神とは何であったか……)
オーディンはそう自問しながら言葉を続ける。
「シグルーンよ」
「なんですか〜?」
「主神オーディンが命じる。とりあえず胃薬を持ってきてくれ」