反復
身体を悪くしてからずいぶんと経った。回復の兆しも全くと言っていいほど見えない。以前のように店に出ることはなくなり、1日のほとんどを布団の上で過ごしている。身体を横たえて天井を見つめ、気まぐれに寝返りをうっては目を閉じる。そんなことを何度も繰り返すうちに1日が終わってゆくのである。何もしないままに今日が過ぎ、何にもならないままに明日が来る。
時間がゆっくりと流れる川であるとするなら、自分はただそこに浮かび、移動する太陽を眺め続けるだけの物体のようなものだ。少しずつ、しかし確実に弱っていく身体をただそこに存在させているのである。
この街が賑やかになるのは日暮れから。といっても政府の厳しい取り締まりによって多くの店は廃業を余儀なくされ、数年でこの界隈はずいぶんと静かになってしまった。桜の木で囲われた、狭い世界の中にもぽつりぽつりと空き地が増えた。日に千両動くというのは今は昔の話であって、夜になると街全体がすっぽりと闇に飲まれてしまうようであった。
しかし私の勤める「薫風」という店は毎晩多くのお客で溢れていた。通りを歩く人々の声や、忙しく駆け回る店の者の足音を遠くに聞きながら、また目を閉じる。私だって2年前までは夜の華…とは言えないがこの店でたくさんの客をとり、夜の相手をしていた。
…夜の相手といっても身体の関係を持ったことはなかった。この店でそのような行為は禁じられているわけではない。しかし私はやらなかった。いや、求められなかったというのが正しいかもしれない。私を指名して会いに来る男はみな、手のひとつも握らず、好きなだけ話をすると気が済むのかそのまま帰っていく。大変健全である。
花街が縮小を余儀なくされるこのご時世、身体を差し出すだけが仕事ではないと思う。女のくせに生意気な、と言われるかもしれない。それでも身体を合わす快楽だけではない、会話を交わすことで得られる幸福感があるとするならそれを分かち合いたかった。
時代に取り残された、この閉ざされた世界にしか私の居場所はない。
それでも誰かと話していれば、自分の存在を確かに感じられるのだ。
会話を通して外の世界を知る。その時間だけが私のこころを満たす。
そんな気がしていた。
今の私が持っているのは病を患い弱った身体と、
店に出ていた頃から変わらない知的好奇心だけなのかもしれない。
-このまま一生目覚めなければいいのにという思い半分。
目覚めたらすべてが良くなっていればいいという願い半分。
私は“今日”を終えるために、ぎゅっと目をつぶり、深い眠りに手を伸ばした。




