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死因の真意

作者: 片宮 椋楽

・事件概要(=現時点で警察が把握していること):


 被害者は間宮林蔵(まみやりんぞう)、75歳男性。世界的大企業「間宮コーポレーション」の4代目社長である。様々なものを集める”コレクター”としても著名。


 現場は第2コレクタールーム。被害者のコレクションが飾れた、被害者専用の個人部屋である。(なお、部屋は密室状態ではなく、鍵は開けられている状態であった。)

 死因は、心臓にナイフで刺されたことによる出血性ショック死。

 凶器は、部屋のショーウィンドウの一箇所が壊されていることからみるに、元から部屋にあったものを使用したと考えられる。

 犯人は殺害後にクラシックデスクの引き出しに入った大理石の灰皿で頭部の至る所を変形するまで、またテーブルやこげ茶の絨毯には血痕が飛び散るまで、何度も何度も殴打していたことから相当な恨みがあったと考えられ、現在怨恨の線で捜査をしている。


 死亡推定時刻の検証結果、被害者の3番目の妻とその娘、被害者の2番目の妻の子である大学生の息子と2歳年上の彼女、3回り下の内縁の妻と高校生になる息子、被害者の兄、被害者の弟と11歳の娘、執事老夫婦——誰にもアリバイはない。

 また被害者の妻、被害者の兄、執事老夫婦には殺害するだけの動機があることが確認されている




 語り部は、警視庁捜査一課刑事の和島尊幸わじまたかゆきです。


 では、どうぞ——

「調べてくれたか?」


 目の前で高級そうな1人掛けソファに深々と座っているこの人は先生、もといコンサルタントの六社数家(むやしろかずや)


「なんとか」客人用の3人掛けソファに座った僕はスーツの内ポケットから手帳を取り出しながら返答する。中には数日間徹夜で調べ上げた“頼まれごと”が記載されている。あーあ、眠いなぁ……欠伸を必死に噛み殺す。


「流石は警部補殿、予想よりも早さだ。流石に言われたことはできるんだな」


 指先をつけて、口元に持ってくる先生に「お褒め頂き感謝します」と返事をする。頰が痙攣し、思わず顔が引きつりながら。


「続きを頼む」


 左手で促され、僕は手元にある手帳に視線を移す。「……まず破片についてですが、被害者のポケットにありました」


 僕は顔の位置に遺留品が入った袋を見せると、「やはりな」と意味深に呟いた。


 予想の範疇なら頼むなよ! そのせいでこっちは彼女とのデートをキャンセルした上、ろくに睡眠取れてないんだぞっ!!——そう声高に叱責したい気持ちをグッとこらえて、続ける。


「小さ過ぎて何かは分かりませんが、陶器だということは間違いありませんでした。でも、そう考えるとおかしなことがあります。第2コレクションルームにあるのは——」


「ナイフとハサミだけ。

 陶器が並べられているのは3つ隣にある第1コレクションルームな上に、他の部分の欠片はどこに行ったのかがおかしい——だろ?」


「……いつもの、ですか?」


 フッと微笑む先生。「察しが良くなったな」


 また、いつものスパイを送り込んだのか……まあそこはどうこう言っても仕方ない。今更なことだ。


「1ついいか?」


「なんでしょう?」


「事件当時、3つ隣の第1コレクションルームのある階で、他に空いている部屋はなかったんだね?」


「ええ」


 被害者が双方を行き来していたらしく、開けっ放しだったらしい。


「もう1つ」先生は指を立てる。「鍵は内側から閉められるか?」


「はい」普通そういうもんだろう。何故そんな質問を?


「両方ともかい」


「そうです」頷き交じりに返す。


 先生は目を閉じ、深く息を吸い、そして吐いた。


「これで定まった」


「何が……です?」


「決まってるだろう」先生は不敵に笑む。「犯人だよ」


「ほ、本当ですか!?」


 机に体を乗り出す僕とは反対に、先生は背もたれに寄った。


「警察に嘘はつかないさ」


「一体誰が……誰が犯人」


「まあそう慌てるな」落ち着けと言わんばかりに手の平を床の方へと沈める。「1つ1つちゃんと見ていこうではないか」


 僕は体を戻し、席に座る。


「まず」先生は人差し指を天井に向けて立てた。「私が引っかかった点は凶器のナイフだ」


「ナイフ……ですか?」


「考えてもみたまえ。ナイフが刺さっていたのは心臓で、かなり深いところまで刺さっていた。真正面から犯人がナイフ突き立てて迫ってくるのになんの抵抗もしないなどおかしいな話だろ?」


 確かに、この疑問点は捜査会議の時にも出た。というか、出なかったら捜査機関としてマズい話。結論としては、顔見知りであり且つ心を許しているほどの近しい人物が、例えば振り向きざまに刺した、ということだ。


「なら、抵抗したということですか?」


「何を勘違いしている? 抵抗したとは私は言っていないぞ」


「でもさっき抵抗しないのはおかしいって……」


 先生は目を閉じ、顔を違う違うとゆっくり左右に振る。


「そうやって何もかも安直に結論づけてしまうから、いつまで経っても警部になれないんだ。たまには塾考してみたまえ」


 先生は不機嫌そうに言うと、「いいか? 抵抗しなければおかしなことを被害者は抵抗しなかった。敢えてなどではなく抵抗それ自体しなかったんだ」と続けた。婉曲な言い回しで小難しく、何が結論としているのか、僕は意味が分からなかった。


「分からないようだから、一つヒントをあげよう。抵抗しなかったというよりは抵抗できなかったんだ」


「できなかった……」


 睡眠薬は検出されていない。なのに、抵抗できなかった。方法は——あっ!


「もしかして、陶器で殴られて気絶したから?」


 僕の一言に先生は不敵に笑みを浮かべる。「やればできるじゃないか」


 小学生の通信教材のような台詞を吐く先生。


「いやでも……やっぱりそう考えるとおかしいです。心臓に、いや心臓じゃなくても刺すために、わざわざ陶器を別の部屋から持ってきたと言うことになります。あんなに凶器がある部屋なのに、そんな面倒なことしますかね?」


 百歩譲って殴るなら殺害後に使った灰皿でいいはずだけの話だ。


「誰かに見られるリスクはあるし、第一意味がないでしょ?」


「いいや、意味はある」


 鼻の頭を掻きながら否定する先生。


「あっ、捜査の撹乱?」


「それも多少はあるかもしれないが、それだけではない。むしろそれはおまけ。本来の目的は別にある」


「ここから先は私が話そう」先生は軽やかに立ち上がる。「君の気になっている“持ってきた理由”についてだが、簡単だ。その陶器で殺そうとしたんだ」


 ……は?


「わざわざですか?」


 先生は鼻の頭を掻いた。「さっき私は、意味はある、と君に言っただろう。その意味とはずばり、ナイフが使えないからだ」


「いや」本質を見失っているから軌道修正。というか、訂正。「だから、被害者はナイフで刺されて死んだんです。使えなかったら、死因がそれっておかしいじゃないですか?」


 考え過ぎて混乱を期したんじゃないか、そう思った。だけど、先生の声は「そうなんだよ」と上ずった。まるで待ち望んでいたかのよう……


「まさにそれこそ、今回の事件をややこしくしてしまっている最大の原因なんだ」


 本当にそうだった……


 先生は手を後ろに回し右手で左手首を掴むと、右の方へ歩き出した。


「この世界には様々な恐怖症がある。高所恐怖症、閉所恐怖症、対人恐怖症……挙げればきりがないが、今回この事件に当てはまるのは尖端恐怖症だろう」


「尖端恐怖症?」


 折り返し、先生は足を止め、顔をこちらに向けた。「先が尖ったものへ恐怖する症状」


「それはなんとなく分かります」


「なら省こう」先生は歩き出す。「尖端恐怖症の人が恐怖を感じるものは数多くあるが、有名なのを例として挙げると針に鉛筆、ハサミに——」


 先生は再び僕の前に。そして、「ナイフ、など」と言って今度は左へ歩き出す。


「使えないってそういうことだったんですね」


 先生は「そうだ」——とは口にしなかった。代わりににこやかな顔で見てきた。


「何か強い恨みを抱いていた人物は殺害しようとしていた。しかし、ナイフを使うことができなかった。代わりに、隙をついて第1コレクションルームから持ってきた陶器で被害者の頭を殴打したんだ」


 折り返し、再び顔がこちらに。


「被害者が絨毯の上に倒れ込んだその瞬間、意識が移ったのだ。いや、移ってしまった、の方が適切かもしれない。数多の先端物が切迫してくる感覚に陥った人物はパニックになり、逃げるように部屋から去った。もしかしたらその時しかできなかったのかもしれない。わざわざナイフやハサミしかない部屋で殴ったんだからな」


 三たび僕の前に来た先生は手をこすり合わせながら、元いたソファに腰掛ける。


「その後、逃げる人物の姿を見た誰かが部屋に行ったところ、被害者を発見。逃げた人物が何をしたか即座に察した誰かは部屋にあった適当なナイフを手に取り、死因だと見せかけるために心臓にひと突きした。だが、その察しは誤りだった——被害者はまだ生きていたんだ」


 先生は指を交互に組ませ、膝下に置く。


「死んだとばかり思い込んでいたその誰かのひと突きにより、被害者は真に死んでしまった。気絶してただけの生者は勘違いにより致命傷を負った死者となったわけだ」


「ちょちょちょ、待ってください? てことは……」


 ようやく気付いたか、とでも言いたげな表情を浮かべ、「そうだ」と先生は一言。


「この殺人事件には勘違いしてる人間がいる。殴り殺したと思ってる者と隠蔽しただけと思っている者の、2人(・・)がな」


 「2人……」思わず声が漏れる。


「そして、その隠蔽しただけと思っている者は灰皿で殴打した。執拗だった理由はもちろん怨恨もあるかもしれないが、何より1番は本物の死因と思っている殴打の痕を消すため、つまりは『木を隠すなら森の中』——隠蔽工作をしたのだ。最後に、辺りに散らばっていた陶器の欠片を回収し、誰にも見られぬよう部屋を脱出。だが、流石にポケットの中までは調べておらず、それを和島君が運良く発見してくれ——聞いてるか?」


「あっ、はい……」


 僕の目は勝手に動き続けていた。


「ったく、いくらややこしいからと動揺し過ぎだぞ?」


「それでその……犯人は?」動揺と驚きの気持ちを抑えながら、僕は核心を訊く。


「分からない」


「……はい?」


「私に分かるわけないだろ」


「え? だってさっき——」


 怪訝な顔を浮かべる先生。


「私はただ『定まった』と言っただけで、『分かった』などとは発していない」


「そんな……」


 ニヤける先生。


「そう不安がるな。これから和島君ら警察がすべきことは小学生でもできること、全く心配しなくていい」


「というと?」


「至ってシンプルだ。容疑者全員に犯行現場である第2コレクションルームに入ってもらえばいいのだよ。しばらくすれば誰かが体調不良、もしくは部屋から逃げ出すなどの奇行をするはずだ。そうすれば、もう1人の犯人も芋づる式に分かってくる」


「成る程。早速やってみます」


 僕は手帳を元の場所へ戻し、立ち上がる。


「また私に操作が行き詰まったら来なさい。私の興味が湧いた場合だけ、謎は喜んで解いてあげよう」


 「……分かりました」僕は頭を下げ、出入り口である扉の前に向かう。


「そうだ、和島君」


 ドアノブに手をかけていた僕は、顔だけ振り返る。

 ここから見えるのは先生が座っているソファの裏と伸ばしている手だけで、顔は一切見えない。


「毎度言っていることだから十分に把握しているとは思うが、念のため言っておく。

 先ほどまでに述べた犯人の心理についてはあくまで、私の一方的な推察でしかない。確かなことは人に聞いておくれ」


「承知してます」


 俺は視線を戻す。


「あぁそうだそうだ、和島君」


 ドアノブを限界まで下げた状態だったが元に戻し、振り返る。


「今度は何です?」


「興味深い謎を持ってきてくれたお礼だ」


「お菓子かなんかですか?」


「ハァ!」いつものように鼻腔に息を擦り付けるような妙な笑い方をする先生。


 冗談を言う時やあまりにもバカバカしいことを言われた時にこのように笑う。さて今日はどっちだ?


「冗談が上手いね」


 前者らしい——多分。


「ちなみに言っておこう。流石の私もそこまで君を子供扱いしてはいない。だから安心したまえ」


 まあどちらかというと、知りたい情報を肉体労働をさせることで得させる、奴隷のようなものですかね?——って言葉は喉元まで出てきたけど、必死に飲み込む。


「では、なんでしょう?」


「情報だ。公にならないどころか、警察にいてもこのことが君らの元へおりてくることはない情報」


「どういう意味です?」


「察しが良くなったのは気のせいだったか? もみ消されるんだよ、上層部に」


 先生は辟易と、権力と僕へのため息をつく。


 そしてこう告げた。


「被害者の間宮林蔵は裏では相当有名だったらしい——幼女愛好家としてね」

いかがだったでしょう? 楽しんでいただけたら幸いです。


さて、皆さんは犯人が誰か分かりましたか?

かなり想像任せにはなってはしまいますが、犯人の動機や「何故かばったのか?」もできるようにはしてる——はずです……(何ぶん、このようなタイプの作品を書くのが初めてなもので、不安たっぷりでございます)

また、少しだけですが小ネタも入れ込んでますのでその辺もどうぞ。ちょっと難しいかも??(ヒント:世界で最も有名な探偵とその相棒の名前です)


お時間があれば、他作も是非どうぞ読んでみて下さい。よろしくお願いします!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 短いながら、内容がまとまっていますね。 [気になる点] 変わった症例ですね?本当にある恐怖症なのか気になります。 [一言] メッセージにて私の回答を出します。ぜひ解説してください。
[良い点] ロジックパズルのように情報を導き出しながら読むのが楽しかったです。 何人か読み返しましたが、ヒントを読み取りきれなかったのか、犯人は推測の域を出ません……ちょっと悔しいです。 [一言] 感…
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