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 ずいぶんシモンさんに振り回されている気がするが、あれからずっと、言われたことを考え続けている。


 私とルノー。ただそれだけだった場合。

 同じ種族で子供も産めて、王様でも異世界人でもなんでもなく、障害も何もない場合。

 ルノーはどうして、私に求婚したのだろう。

 私はルノーの求婚に対し、どう答えていただろう。


 想像しろと言われても、これがなかなか難しい。


 出会った時からルノーは見るからに虫だったし、私の倍以上の大きさがあった。

 たとえば彼が人間だったら、と想像しなかったこともないが、虫のインパクトがすべて割り込んできて、結局上手く行かないのだ。


 ルノーがもし、ただの人間だったなら?

 顔立ち、髪型、服装。どんな感じになるだろう。


「マコト」

「ひいっ!」

 考えに耽る私に、背後から不意に声をかけられた。

 誰であるかは振り向くまでもない。ルノーである。珍しく昼間に時間ができたのか、休憩をしに部屋に戻ってきたのだろう。

「どうした、そんなに驚いて」

 首を傾げながら、ルノーがぞろぞろと部屋に入ってくる。柔らかいアンテナみたいな触覚。精包よりももぎやすそうな飛び出た目。なにか言いたげに開く、横開きのぎざぎざの口。なにより蠢く無数の足。浮かびかけた想像上のルノーが、どんどん上書きされていく。この強烈な視覚攻撃よ。

「い、いや、いつも部屋に戻ってくる時間じゃないからさ」

「ああ、そういえばそうだな。今日は少し、マコトに話があって」

「話?」

 目の前までやってきたルノーから、私はそっと視線を外す。見てしまっては駄目だ。人型ルノーが死ぬ。頭の中で死ぬ。すでに半身が虫に侵された。頭が虫に置き換わっている。

「そうだ。シモンさんについてなんだが……もうじき、彼も国に戻らねばならない」

「へ、へえ、そうなんだ」

 まあ、いつかは帰ると覚悟していた。彼はこの国の人間ではないし、残念だけど仕方のないことだ。できれば私の正気を保つため、定期的に来て欲しいと思うけれど、そんなわがまま通るだろうか。

「それでだな、マコト」

 ルノーがぐっと体を寄せ、私の顔を覗き込もうとする。コンマ数秒の早さで、さっと避ける。視界に入れてはいけないのだ。

「マコト?」

 今度は、避けた先の顔を覗き込もうとする。やめなさい。

「どうしたんだ、お前」

「ひえっ」

 ルノーが私の肩に手を置く。その瞬間、私は思わず悲鳴のような声を上げてしまった。ルノーとしてはそっと触れたその手は、かぎづめのように先端が鋭くなっていて、ひどく硬質である。ついでに関節の内側には、小さな触覚にも似た毛が無数に生えていて、肌を撫でるような、ふんわりとした感触を受ける。

「ど、どうもしてない!」

 言いながら、私はルノーの手を振り払った。どうしてそんなことをしてしまったのか。私に問われてもわからない。

 ただ、この時の私は、どうしようもなくルノーを意識してしまっていたのだ。良くも、悪くも。

「ごめん! 話はあとで聞く!」

 私はそう叫ぶと、ルノーの姿を見ないように、彼の横をすり抜けた。

 そうして、そのまま当てもなく部屋を飛び出してしまった。



 ○


 そんな事をするから、変な人にも絡まれるのだ。


「あらマコト様、こんなところでお一人で」

 王宮の裏庭。一人とぼとぼと日陰の道を歩く私に声をかけてきたのは、一人の高貴なムカデだった。

 触覚の根元に、ふんわりリボンをあしらった、かわいらしい巨大ムカデ。上品なリボンの結び方と、良いものを十分食べてきたのだろうその巨体から、貴族のご令嬢と見受けられる。

 しかし誰かはわからない。城の人々は、ほとんど黒光りする多足亜門。見分けがつく方が変態的である。

「どうも」

 とにかく会釈を返す私を、ご令嬢は無い鼻で笑った。それから周囲を見渡して、小馬鹿にしたようにこう言った。

「今日はシモン様はいらっしゃらないのかしら? それともこれから、ここで逢引きの予定でも?」

「え、逢引き? 誰かここで逢引きするんです?」

「誰って、あなたとシモン様よ、マコト様。他にいないでしょう?」

 私とシモンさんが、どうしてこんな場所で会わねばならないのか。まったくピンとこない。

 反応の芳しくない私に、ご令嬢は苛立ったように足を踏み鳴らした。無数の足から沸き立つその音は、地響きにも聞こえかねない。

「ご自覚ないの? あなた、陛下から求婚された身でありながら、シモン様に夢中で毎日毎日会いに行っているっていう噂よ」

 私は少しの間、呆けたようにご令嬢の複眼を見つめた。ご令嬢は黒い複眼を玉虫色に輝かせ、笑うように触覚を震わせて言った。

「やっぱり、人間には人間がお似合いなのよ。虫人の王妃にあなたは釣り合わないわ。身の程をわきまえなさい」

 ご令嬢は、立派なその体で胸を張り、私の姿を見下ろした。私に反論の言葉はない。もっともだと思う。

「陛下はただ、あなたを物珍しがっているだけよ。あなたが同じ虫人だったりしたら、陛下はあなたなんて目にも留めないわ。そうでしょう?」

「そうですよ」

 思わず肯定を返してしまう。なんか今、ぴたりと言いあてられた気分。

「あら、反論がおありで? あなた、陛下に選ばれるような魅力があると思っているの? 人間族である以外に、あなたになにがあるというの」

「それ」

 ほんそれ。

「あなたがどんなに言い返したところで、事実は変わらないわ――――一言も言い返してないわね。なんなの、自覚してるの」

 ご令嬢が、眉をしかめるようなニュアンスで、触覚をきゅっと縮ませた。いや、この方なかなかの慧眼でいらっしゃる。

 彼女の言葉は、きれいに私の心を砕いてくれた。

 そう、そうなのだ。

 もしも私とルノーが人間と虫人でなく、本当になんにも障害なく、ただの二人だった場合。


 ――ルノーは同じように、私を選んでくれるだろうか。

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