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 シモンさんから受け取った本を、私はルノーの部屋で一人、見つめていた。

 薄い本は見た目よりも手に重く、重厚感がある気がする。


 表紙は、木の板に布を張り付けて作られていた。タイトルはなく、作者の名前もない。

 目を引く大きなイラストだけだ。


 描かれているのは、一人の少女と――――巨大な黒くて長い虫。

 少女の視線は虫に向かい、虫の触覚は少女に向けて垂れ下がる。お互い、顔を見合わせ、見つめ合っている。


 この絵本に一体、なにが書かれているのか。

 私は大きく息を吸うと、表紙をめくり、絵本の中身に視線を落とした。



 〇



 むかしむかし、あるところに、ひとりの人間の少女がいました。

 少女はたいへん美しく、心優しい人間でしたが、身寄りなく孤独でした。


 少女の住む村の近くにある森には、ひとりの人食い虫人の青年がいました。

 青年は優しく誠実でしたが、人食いのため誰も近寄らず、同じように孤独でした。

 青年は村の人たちと仲良くするために、人を食べるのは満月の夜にひとりだけ。村人が決めた人間だけしか食べないと約束しました。

 それでも村の人たちは、青年をおそれ、近づこうとしませんでした。


 村の人たちは、みんなで悩みながら、順番に青年にささげる人間を決めていました。

 話し合いで決められた人間は、みんな納得し、青年の元へと向かいました。

 だけど、ある満月の晩。

 青年に食べられると決められた人間が、怖くなって逃げ出してしまいました。

 突然いなくなったその人間の行方を、誰も知りません。もう、探し出すことも、追いかけて連れ戻すこともできません。たいへんなことです。

 このままでは、青年との約束が守れない。約束をやぶってしまえば、村の人たちは何をされても文句を言えません。

 大急ぎで代わりの人間を探しますが、誰もかれも自分が食べられるのを嫌がって、見つけることができません。

 途方に暮れた村の人たちに、声をかけたのは少女でした。


 私が行きましょう。

 私には身寄りがありません。悲しむ人もいません。

 ここまで私を育ててくださった村の人たちのために、私をお役に立ててください。


 村の人たちはおどろきましたが、少女の提案に喜び、感謝しました。

 村の人たちのために命を差し出した少女のため、みんなは一生懸命、少女をきれいに飾りました。

 そうして、きらめくばかりに美しくなった少女は、ひとり森に住む青年の元へと向かいました。


 青年は、やってきた少女を見ておどろきました。

 約束された人間ではなく、きらめくほど美しい少女がやってきたのです。


 いったいあなたは誰ですか。


 青年がといかけると、少女が答えます。


 私はあなたのための命です。

 あなたに本来ささげられるべき人間が逃げてしまったため、私が来ました。

 どうか私を食べてください。


 少女がそう言ってひざまずくと、青年は首を振りました。


 あなたは約束した相手ではありません。

 私には食べられない。


 ですが、私はあなたにささげられた身。

 村へ戻ることはできません。

 食べないのでしたら、どうかおそばにおいてください。


 青年は少女の懇願に、うなずきました。

 こうして、孤独な少女と青年は、二人で暮らすようになったのです。



 森の中。

 少女は木の実をとって食べ、森を行く青年の帰りを待ちながら暮らしています。

 青年は森で、飢えを満たすために人間以外を狩り、少女の待つ住処へ帰ります。

 二人はもう孤独ではありませんでした。

 いつしか二人は夫婦となり、子どもを授かりました。


 そして、少女と青年が出会ったのと同じ、満月の晩。

 少女は子どもを産みました。


 たくさんの虫人との子どもです。

 少女のお腹を食いやぶり、かわいい子どもがなんにんもなんにんも産まれました。


 こうして、森にはたくさんの虫人が済むようになりました。

 かわいい子どもたちにかこまれ、青年は寂しくありません。

 少女は大地に姿を変え、いつも子どもたちと青年のそばにいます。


 虫人と人間の子どもたちは、いつまでも仲良く、しあわせに暮らしました。


 おしまい。



 ○


 バッドエンドじゃねーか。


 誰もいない部屋で、私は一人、本を壁に投げつけた。

 少女、大地に還るなや。いい話っぽく終わらせたところが、またもやもやする。

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