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 別に夢中になんてなっているわけじゃない。

 ただ、この国唯一の人間に、会いたくて仕方がないだけなのだ。


 王妃の立場でもないし、そも王妃になんてなれないし。

 私は人間だし、ルノーは虫だし。虫の王様が人間と結婚するのは、やっぱりおかしいと思うし。

 などとごちゃごちゃ考えていても、誰に相談できるわけでもなし。

 ニナ含む周りのお世話係は、みんな私が王妃になると思っている。クラリス様のような反対派ご一行に話を伺うわけにもいかず、もちろんルノーに話せる内容でもない。


 となると、相談先は自動的に絞られてしまうわけだ。

 昨夜の今日でなんだかなあとは思えども、私に話せる相手など、結局シモンさんしかいなかった。


 〇


「そりゃあ、ニナさんのおっしゃることが正しいですよ」

 ふてくされた私の話を聞いて、シモンさんが苦笑しながら言った。

 場所はシモンさんの部屋。客用のソファに、私とシモンさんは向かい合って座っている。

 今日ばっかりは、ニナを振り切って一人で来てしまった。シモンさんは少し困った様子だったが、しょうがないというように迎え入れてくれた。

「マコト様のお気持ちはさておき、立場というものは周囲が作るものですからね。求婚をされてしまっては、見る目も変わってきてしまいます。王妃であるかないかにかかわらず」

「むう……」

「早くお返事をしてしまうしかないと思いますよ。お覚悟を決めて王妃になられるか、ご自分のためにお断りされるか」

「できたら苦労しないです……」

 それができなくて悩んでいるのではないか。肉体構造の大きな違いは、高い壁として立ちはだかっている。

「できない? なぜです?」

「なぜって、あの人たちの返事の仕方知ってるでしょう」

 歴史と文化に詳しいシモンさんだ。知らないはずがない。産卵管を出して色を変えるということが、人間にとってどれほどの離れ業だと思っているのだ。

「……ふうむ」

 シモンさんは私の顔を見て、考えるように顎に手を当てた。

「それじゃ、マコト様。もしも人間から求婚されたら、きちんとお返事されますか?」

「人間相手なら、そりゃ」

 いいえかノーで回答するだけの簡単なお仕事。私でもできる。

 頷く私に、なるほどなるほど、とシモンさんがつぶやく。

「ではマコト様、私と結婚してください」

「は?」

 なーに言ってだこいつ。

 胡乱な目でシモンさんを見れば、彼はいつの間にか微笑みを消し、きりっとした顔つきに変わっている。その表情の変化にぎくりとした。

「私も男ですから。いつもお部屋にいらっしゃる異性に、気持ちを抱くこともあります。しかも今日はおひとりで、そんな無防備なお姿を晒して」

 シモンさんはくすりと笑うと、おもむろに立ち上がった。そうして、向かいに座る私の傍まで歩いてくる。

「ええと、シモンさん……?」

「私の体は人間とほとんど変わりませんよ、マコト様? 私は産卵管など求めませんし、虫人とはできないこともできます」

 私の横で、シモンさんは立ち止った。瞬く私の前で腰をかがめ、顔を覗き込む。

 うつむきがちな彼の顔に、影が落ちる。いつも優しい瞳が、今は暗い。

 私は体をこわばらせ、身を引いた。だけど、引いた分だけシモンさんは近づき、顔を寄せる。

「私とあなたは同じつくりです。――――確かめてみませんか?」

 顔が近い。

 男の人の手が伸びてくる。少し黄みがかった白い肌。五本の指。指の先には爪がある。

 求めてやまない人間の体――だけど。


 肩に触れる直前、私はその手を振り払った。ついでにそのままソファから立ち上がり、部屋の端まで離れて壁にへばりつく。全身鳥肌立っている。

「な、なにするんですか! やめてください!」

「なぜです? マコト様は王妃ではありませんし、問題ないでしょう」

 問題しかない。

「こ、こういうのは、好きな人とするものでっ」

 恋人同士とか、夫婦同士とか、そういう人たちがするもので。そうでもなければ、こんなに拒否感が出るものなのか。私がシモンさんと、なんて想像するだけでぞっとする。

「私のことは好きではないのですか?」

 シモンさんは食い下がる。壁の染みにならんばかりに張り付いた私を見やり、小首をかしげてそう問いかけた。

「いつも部屋に話を聞きに来てくださったのに、本当は嫌われていたのですか?」

「き、嫌いだったわけじゃないけど、そういう好きとは別物というか! シモンさんは好きだったけど、結婚したいとかそういうのじゃなくて……!」

「では」

 恐怖と混乱で震える私に、シモンさんは告げる。

「結婚してもいい、『そういう好き』な相手は誰ですか?」


 ――誰、って。

 結婚してもいい相手。

 子供を産んでもいい相手。


 ――――人間だったら、こんなに悩むこともないのに。


 頭に誰かの顔を浮かべた瞬間、シモンさんが噴き出した。

 まるで私の思考を読んだかのようだ。


「今、誰を想像されましたか」

 そう言ったシモンさんの声は、いつもの穏やかなものに戻っている。おまけに結構な勢いで笑っている。先ほど見せた、どこか怖いほどの真顔はない。まるで嘘のように消え果た。

 というか、そのまんま嘘だ。

 さっきまでの言葉は、ぐずぐず迷う私に向けた、シモンさんのたちの悪い冗談だったのだ。

 瞬きながら、息を吐き出す。安堵したようでいて、全然気持ちは落ち着かない。ニナの言った通りだ。目の前の男は、穏やかそうに見えて油断ならない。

 胡乱な私の目つきも気にせず、シモンさんは苦笑しながら尋ねた。

「あなたの答えは、もう決まっているんじゃないですか?」

「い、いや、気持ちの問題じゃなく、虫と人は無理でしょ! 異種族だし、子供産めないし、そもそも体のつくりが違うし!」

「子供が産めればいいんですか?」

「そういうわけでもなくて……!」

 なんでも極論マンかよ。きらい。

 私の中のシモンさんへの評価が、見る間に地に落ちていく。しかしシモンさんは、そんなことも気にしない。

「あなたはきっと、虫人と人間ということにこだわり過ぎているんですよ」

「そりゃこだわるでしょ!」

「それほど大事なことでもないですよ。もっと単純に考えてみてください。虫人でも人間でもなく、王でもなく――――ルノー様と、マコト様、ただそれだけだった場合はどうです?」

 いやいや、どうにかこうにか説得しようとしているのはわかるけれども。言われれば言われるほど、頑なになるのが人情というもの。

 私は先生から説教されたときのように、俯きながらもつんと目を逸らす。悪いのは私じゃねーし、の心境である。どんなに条件を付けてみたって、結局私は人間で、ルノーは虫だし王様なのだ。もしもなんて考えようもない。

 むくれる私に、シモンさんはため息を吐いた。

「まあ、部外者が口を出して、簡単に解決できるような問題でもないですね」

 そうだそうだ。人体改造でもしない限り、永久に解決できない問題なのだ。

「それじゃあ……そうですね」

 シモンさんは少し考えてから、おもむろに私に背を向けた。私が使っていたときからは、想像できないくらい本の溢れかえった部屋の惨状に目を向けると、なにやら目星をつけて歩き出す。

 積み重なった本の中、雑な手つきで本を漁り、シモンさんは一冊の薄い本を見つけ出した。それを、おもむろに私に突き付けてくる。

 シモンさんから突き付けられた本を、私はためらいがちに受け取った。

 自慢ではないが、私は字が読めなくもない。本当に自慢にならない程度にしか読めない。

 なにせここは異世界だ。不思議な魔法で言葉は通じるようになっても、文字は読めない。不便極まる。

 私の識字力は、勉強はじめて三年目というところ。言葉と違って日常的に四六時中使い続けているものでもなく、どうしても身に着くまでが長い。今はやっと、簡単な文章が読めるようになったという程度だ。

「あなたのお役に立てるものかもしれません」

 そう言われて、私は本の表紙に目を落とした。

 表紙に文字らしいものはない。タイトルさえもない。代わり、大きな白黒のイラストがひとつ、本を飾っている。

 中身をめくってみると、同じように絵が描いてある。その横に、私でもわかる簡単な単語が並んでいる。

 どう見ても、絵本である。

「なにこれ」

「魔人族に伝わる伝承を記した文献ですよ」

 当たり前のようにシモンさんは言った。

「ここに、虫人と人間のかかわりが書かれています。もしかして、あなたのお役にたてるかもしれません」

 絵本やがな。

 シンデレラを渡されて、西洋史の資料ですよと言われた気分だ。疑念いっぱいに、眉間のしわを深める私に、シモンさんは笑いかけた。


「こういうものに、案外真実が書かれているものですよ」

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