夜明け
初めて小説を書きましたので至らない部分があれば申し訳ありません。
気まぐれで生まれた作品ですので、この先どうなるかは分かりませんがよろしくお願いします。
その場所は限りなく砂漠が続いていた。黄金の砂々は彼方まで影となって、緩やかな風以外はあまりにも静かだった。深い闇とこれから昇るだろう赤い朝日との間のグラデーションは思わず息をのむほど美しく、砂漠の様子と相まってあまりにも幻想的だ。
(なんて光景だろう…)
その場所に立ちすくんだ私は、広大な世界にただ圧倒されていた。身体を一ミリも動かすことができなかった。風の音が聞こえる。どこからかやってくる風は私をさらりと撫でて、遥か後方へ去っていく。優しく穏やかで、心地の良いものだった。
風が去っていった方向はまだ宵闇の名残が色濃い。ゆっくりと振り返って、星の瞬きのいくらかを見つけた。
美しく、はかなく、切ない、そんな時間だった。朝がやって来るという希望に満ちていながら、過ぎ去りし日を思う寂しさがあった。爽やかで呼吸がしやすいのに、どこか胸が苦しいような気がする。何も無いのに、ふいに涙が出そうになるような…。
「中々、美しい場所だ」
声がした。夜の跡を見つめていた私は声の方向へ振り向く。するとそこには、朝日の方向を背にして一人の男がいた。彼は空中に立ち、私を見下ろしている。
鮮やかでありながら深みのある、簡単に言えば非現実的な青い髪色の青年だった。その髪は風にたなびき煌めいていて、えも言われぬ雰囲気をたたえていた。静かな佇まいと美しさを纏った見たことも会ったこともない男のはずだったが、どこか懐かしく、そして強大な力を感じる、そんな存在だった。
「誰?」
「誰、か。そうだな」
男は僅かに唇を歪めた。それが些細な微笑みであることに気づいた時には、すでに男の口は言葉を発するために変わっていた。
「難しい問いだが、お前の生きている世界で言えば、『兄弟』が近いだろうな」
「…はあ?」
景色も男の存在も幻のような光景だった。その中で、男の言葉はふいに生々しい現実の私の人生の片鱗を思い出させた。私に兄弟はいない。一応、そういうことになっている。
「兄弟じゃ無いと思うけど。似てないし、私は一人っ子だから」
「それはお前が拾われた子供だからだろう」
「!」
この時、私はやっとこれが夢であるということに気づいた。あまりにも鮮明で意識もはっきりしているが、こんな世界が現実であるはずが無かった。私が周囲に話したことの無い事実を見知らぬ男が知るはずも無い。恐らくこれは「明晰夢」という自分の意志で動き喋れる夢なのだ。
男がフッと息を吐く音がした。表情は動いていないように見えるが、また僅かに笑ったらしかった。
「これは夢などではない。これはお前の世界であり、私はしっかりとお前の目前に存在している」
「…」
夢の中でそういわれても、としか思えなかった。まるで私の心を読んでいるかのような発言は違和感しか無いが、これが夢ならおかしいことでもない。目の前の男すら私が創り出しているものなのだから。
空中にいた男が地上に降りて、私の肩に手を置いた。驚くことに確かな温もりがそこにはあり、そのむやみやたらとリアルな感覚に戸惑いを感じざるを得ない。…でも、やはりこれは夢のはず。こんな風景の場所、来たことも無いし行けるはずも無い。目の前の男にも見覚えがない。
「人間なら…そうだな、会えて嬉しい、とでも言うのだろうか」
「人間じゃないの?…今のところ人間の見た目だけど」
私はいぶかしげな顔を隠していないのに、切れ長の瞳はどこか優しげだった。
「お前がそういう姿をしているからそれに合わせている」
「じゃあ、やっぱり人間じゃないんだ」
「ああ、お前も同じだ」
手を置いたままの男の目をまっすぐに見つめてやり取りをする。何となく、こいつは頭のおかしい奴なのかもしれないと思った。静かだが、夢の中の登場人物だから言っていることがはちゃめちゃなんだろう。敬語も使わずに突っかかる私は無礼極まりないだろうが、すでに口からでた言葉を取り戻すことは不可能だし、これは夢の中なのでこのままでいいや、と思った。
「同じじゃないよ、私は人間だから」
「同じだ、お前は人間ではないのだから」
「いやだからさ…はあ…まあ、いいや。どうでも」
夢で口論したところで何かがどうにかなるわけでもなし、会話早々に打ち切った。
「…仕方が無いか」
男が何か呟いたようだったが、聞き取ることは出来なかった。ただその瞳は先ほどと違い感情は読めない。
「俺を見て、感じて、懐かしいと思わないか?」
「…」
真っすぐな瞳が私を射抜いた。薄い赤紫色の色をした瞳は、なぜだか見つめたくなる魅力があった。
男の言葉は確かにそうだった。初めて見る姿であるはずなのに、遠い昔に見た景色のような感慨が男を見ていると生まれる。でも、これが夢なら私の記憶から発生したのだから、恐らくそう思うことも不自然ではないのだろう。様々な記憶が合わさって今の目の前の光景を作っているのだ。
「そうではないのだが。地上…人の世で生きたからか」
また、私の心を読んでいるかのように…。
私から手を離した得体の知れない美しい男は、今度は視線を下げている。近くで見れば見るほど、この世のものとは思えない男だった。また何事かを呟いていて、今度は聞き取れたが私にはてんで意味が分からなかった。
考え事が終わったのか、男は再び私を見た。
「ここは夢ではない。しかし、夢と同じようにお前だけが持ちうる世界だ」
「?」
「お前が生み出す世界ということだ。夢は流動し不定のものだが、この世界は永々変わることは無い。ここに入ることが出来るのは、お前と、お前が許可するものと、お前と同等のもの、そしてお前を生んだもの」
「…分かんないけど、私の心はこういう風景ってこと?」
「心は一要素。お前の使命、見るべきもの、過去・今・未来、在り方…すべてがこの世界に反映されかたちを作っている」
理解不能だ。私は男から視線を外した。そうして、改めて周りの風景を見つめる。
「ここは美しい場所だと思うけど、あなたが言ってることはやっぱり訳分かんない。私の想像力とか記憶とかで出来た場所じゃないの?」
想像はこれまで私が見てきたもので形作られる。それでこんなに美しい風景を作れるなら、私は中々想像力が豊かなのではないか。自分で自分を茶化すような気持ちになった。
「それとは違う。言っただろう、この世界は不変だと。想像力と記憶で作られたものなら、今私たちが話しているそばから世界は変化している」
「…………」
思いっきり眉根を寄せて男を見てしまった。声が出ていたらさっきよりも思いっきり「はあ?」と言っていたと思う。
「すまないが事実だ。そうとしか言いようが無いんだ。…いずれ分かるだろう」
夢にいずれなどあるのか?そう思うが口にはしない。しなくても恐らく伝わっているだろう。男は少し悲しげな顔をすると、空を見上げた。しかし、すぐに私に視線を戻して、また、あのぎこちない微笑みを見せた。
「…さあ、今日はもう時間のようだ。名残惜しいが」
男は地面を少し蹴ると、地上から数メートルのところに戻った。音も無く、その瞬間だけまるで無重力であるかのような気がした。
「今日は迎えの前に、一つお前に挨拶をしようと思って来たんだ」
「…迎え?」
「そう。次の晩、またお前の元に行く。お前を連れ戻るために」
「どういう意味?」
「本来あるべき場所へ帰るということだ」
男の姿が段々と透けてゆく。空に溶けていくかのようで、今日の中で一番不思議な光景だった。
「ほんの少しだが、楽しみにしている…」
男はそう言い残して消えた。消える最後に、まばゆい光があたりに広がって、視界は白に包まれた。
読んで下さりありがとうございました。




