助かりたいなら
わたしとプチドラは肩幅の広い男をリーダーとするチンピラどもに完全に包囲されてしまった。この連中も隻眼の黒龍の敵ではないだろうが、この前に混沌の尖兵に囲まれた時とは少し事情が違う。街中で派手な火炎放射などは使いにくい。
「言いたいことは分かるだろう。俺たちだって、無用な殺しはしたくないからな」
リーダーは言った。年齢はよくわからないが、わたしより年上だろう。体格はがっしりとしていて、昔風に表現するとガキ大将あるいは番長といった雰囲気。
わたしはプチドラに小声で言った。
「この連中全員に、同時に金縛りをかけることはできる?」
「その程度なら簡単なことだよ」
「いい考えがあるの。わたしが合図をしたときに、金縛りをかけて頂戴」
「わかった」
わたしはリーダーを真っ直ぐににらみつけ、言った。
「忠告しておくわ。ひと目で相手の実力を見極められないようでは、まだまだ半人前よ」
「ほお~、気の強いお嬢さんだな」
リーダーは一瞬、ニヤリとすると、短剣を振りかざしとびかかってきた。
「今よ」
わたしはプチドラを強く抱きしめ、小声で合図を送った。その途端、リーダーは短剣を振り上げた姿勢で固まり、前につんのめってバタンと倒れた。彼の手下あるいは仲間たちも、体の自由がきかず、バタバタと地面に崩れ落ちた。
わたしは、なすすべもなく転がっているリーダーのところに歩み寄り、しゃがみこんで言った。
「人の忠告は素直に受け入れるものよ」
「ちっ、こんなとんでもない魔女が相手だったとは、運がなかったな。で、俺をどうするんだ? 殺すのか?」
リーダーは歯がみして悔しがっている。今のわたしみたいな小娘に、金縛りの魔法をくらうとは、まったく予想していなかっただろう。本当はプチドラの魔法だけど、その錯誤を利用しない手はない。
「あなたの命はあなた次第よ。助かりたいなら考えてもいいわ。そのためには……」
「わかった。どうすればいい?」
わたしは、ふと意地悪な気分になった。不道徳ではあれ、理屈抜きでやってみたくなることはあるものだ。
「ふふふっ、あなただけ金縛りを解除してあげるから、倒れている仲間全員を殺しなさい。」
リーダーは絶句した。仲間からは悲鳴が上がった。「おかしら~」とか「ひぃ~」とか、情けない連中だ。漆黒のメイド服がデーモニッシュな雰囲気をかもし出しているのだろうか。
一般原則やスローガンとしてはともあれ、実際問題としては、仲間のために自分の命を犠牲にするような奇特な人はそうそういるものではない。しかし、返ってきた答えは、意外だった。