伯爵は悩む
「すいません。失礼しました」
まずいところに来ちゃったかもしれない。わたしは伯爵以外に誰もいない会議場を出ようとした。ところが、
「ちょっと待ってくれ。君だったのか。失礼した」
ウェルシー伯は、急に優しい声になって、手招きした。ただ、伯爵の気分が非常にブルーなことは明らかだった。眉間にしわを寄せ、近寄りがたいオーラを出しながら座っていたからだ。先ほどの会議で、カニング氏と騎士団長の意見の調整に、相当、悩まされたのだろう。
「深刻にお悩みのようなお顔ですが……」
「難しいことになってね」
「大体事情は分かります。カニング氏と騎士団長のせいでしょう」
「うむ」
「あまりもめるようなら、カニング氏を解任し、皇帝陛下のところに送り返されてはいかがですか?」
「ところが、そうはいかんのだ。いろいろと難しい話があってね……」
伯爵は大きくため息をつき、眉間のしわを更に深くして、うつむいた。しばらく無言のまま時が流れた。
「ところで君は、皇帝の騎士の仲間ではなかったのかね」
伯爵は、急に思い出したように口を開いた。
「仲間ではありません。わたしがこの町に来る途中で、たまたま一緒になっただけなのです」
内心では、「冗談じゃない、あんなのと同類にしないでくれ」と思ったけど、さすがにそこまでは言えなかった。
「えっ!? 仲間ではなかったのか。そうか、そうだったんだ」
伯爵は急に色めき立ち、顔色もパッと明るくなった。伯爵は言葉を続けた。
「では、君はこの町にどんな用件で?」
「実は仕事を探してまして、つまり、傭兵に応募しようと思って来たのですが……」
「なに!?」
伯爵は、今度は目を丸くした。そして、「信じられない」といった面持ちで、しげしげとわたしを見つめた。
その時、会議場入り口のドアが開き、騎士団長たちがドヤドヤと入ってきた。伯爵はチッと舌打ちして、
「休憩時間は終わりだ。また、うっとおしい会議だよ。残念だが、話は今度だ」
「失礼します」
わたしは会議場を出た。先ほど会議場から人が出たのは、休憩をとるためだったようだ。これから会議の延長戦か第2ラウンド。皆さんの頑張りには恐れ入る。
会議場から出る時、丁度、カニング氏の一行と入れ違いになった。一応、会釈をしたが、その際にカニング氏の難しい顔がはっきり見えた。彼らが会議場に入ると、入り口の扉がバタンと閉められた。伯爵にとって、再び、頭の痛い時間が始まるのだった。