死闘の果てに
今や形勢は完全に逆転していた。混沌の軍団は総崩れとなり、多数の死体を野にさらして潰走を始めた。隻眼の黒龍が空から先回りして退路を断ち、逃げようとする敵軍に猛火を浴びせ、騎士団がここぞとばかりに渾身の力を込めた突撃を敢行した。敵軍はバラバラとなり、もはや軍団の体をなしていなかった。
戦闘の帰趨は既にはっきりしている。しかし殺戮は、なお終わらなかった。町の住民にとっても、混沌の勢力は憎むべき仇敵。住民は、まったく容赦なく、逃げ遅れた混沌の兵卒を追いかけ、殴りつけ、斬りつけ、刺し殺した。
のみならず、住民による残虐行為はさらに苛烈を極め、血みどろのカーニバルが始まった。見ていて気持ちいいものではないが、わたしは隻眼の黒龍の背中から、その様子を眺めていた。生きたまま敵の手足を引きちぎったり、目をくりぬいたり、耳や鼻をそぎ落としたり、その他諸々、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。でも、ここでガス抜きをしておくのも悪くないだろう。戦争犯罪なんか気にせず、好きなだけ暴れるがいい。
生きているゴブリンやホブゴブリンやオークが完全に戦場から姿を消し、ようやく大虐殺は終わった。わたしは隻眼の黒龍を促し、地上に降り立った。すると、
……ばんざーい、ばんざーい……
猟犬隊が両手を高らかに挙げ、万歳の合唱を始めた。住民たちも、猟犬隊隊員ににらまれると、一人、また一人と、合唱に加わっていった。ちなみにこれは、「最後は、住民の半ば強制された自発性による万歳の合唱でしめよう」という、事前の打ち合わせ通りの進行だ。
……ばんざーい、ばんざーい……
やがて、住民に次いで、騎士団にも合唱に加わる者が現れた。その場の雰囲気だろうか。猟犬隊員に囲まれ蹴飛ばされたのだろうか。あるいは隻眼の黒龍を目の前にして冷静さを失ったのだろうか。ともあれ、わたしはにこやかに微笑を浮かべ、住民や騎士団に向けて手を振った。
……カトリーナ様、ばんざーい……
この場所は不思議な高揚感に包まれていた。猟犬隊はともかく、住民や騎士団が本心から万歳を叫ぶはずがないが、全員が同じように大声を張り上げるという単純な動作を繰り返すうちに、ある種の連帯感を共有するようになったのかもしれない。
「わが住民ならびに騎士団よ、わたし、カトリーナ・エマ・エリザベス・ブラッドウッドは、皇帝陛下の御名において宣言する。旧ウェルシー伯は廃された。これからは、わたしがウェルシー伯だ」
……ばんざーい、カトリーナ様、ばんざーい……
万歳の合唱は、一層大きくなった。これは猟犬隊が更に大声を張り上げたからだが、ともあれ、これにより住民及び騎士団の支持を得たことにしよう。これで一応、伯爵領はわたしのもの。
わたしは隻眼の黒龍に乗り、揚々と館に引き揚げた。野には累々と死体が重なっていた。聞くところによれば、ゴールドマン騎士団長もその仲間に入っていたとか。騎士らしい立派な最期だったそうだ。わたしにとっては、いなくなってくれて、むしろ都合がよかったりする。




