二日酔いの果てに
翌日、伯爵は青白い顔で館の中を徘徊していた。
「とても、この世のものとは思えない表情ですが、二日酔いですか、伯爵」
「う、うむ…… オ、オエ……」
伯爵は話をするのも辛そうだ。でも、ものすごく気分が悪いからといって、今は寝てられる状況ではないはず。
「話によれば、カニングさんが宝石採掘地帯の手前まで進んだとか。もうそろそろ出かけていってストップをかけないと、勢いでどんどんと進んじゃいますよ」
「う、うむ……」
伯爵は何度もうなずいたが、やがて、口を押さえて走り去った。どういう状況になっているか想像がつくが、あまり想像したくない。肝心なときにダウンとは、本当にしょうがない人だ。
結局、この日一日、伯爵は使い物にならない状態だった。伯爵の言葉によれば「地獄の苦しみを味わっていた」というが、もし、この日を無駄にしなければ、あんなひどいことには……つまり、「後悔先に立たず」ということは、往々にしてあるものだ。
その次の日、伯爵はようやく元気になって政務に復帰した。
「伯爵、ようやく復活しましたか」
「うむ。昨日は散々で仕事にならなかったが、今日からバリバリと働くことにしよう」
伯爵の顔色もいい。普段の伯爵に戻っているようだ。
わたしと伯爵が朝食を食べ終わると、丁度その時、前線から早馬が到着し、最新の戦況を伝えた。早馬の報告によれば、混沌の勢力は宝石産出地帯でも大した抵抗を見せず、わずか数時間の戦闘で撤退したという。で、カニング氏と義勇軍は勢いに乗り、行け行けドンドン、疾風怒濤の勢いでもって、更に奥地まで進撃を開始したらしい。
「……!」
報告を聞かされたとき、わたしは声も出なかった。「ああ、天は我を滅ぼせり」とでも叫べばかっこよかっただろうか。
しかし、伯爵は上機嫌だった。
「調子よく進んでいるではないか。敵に大した戦力が残っていないのかな。このまま順調にいけば、敵の本拠地を制圧し、完全に敵の息の根を止めることができるかもしれんな」
「それはあくまでも『順調に行けば』です。本当に順調に行くのでしょうか。敵の撤退は見せかけで、カニングさんと義勇軍を誘い込む罠かもしれません」
「うむ。それは分かっている。そうだ。こうしよう。早馬で、カニング殿と騎士団長に『とりあえず一旦進撃を停止せよ』という命令を出そう。今後のことは、そのあとから考えよう」
伯爵は、あまりにも調子よく事が運ぶものだから、少々、舞い上がっているのだろうか。なんだか、言ってることが支離滅裂ではないか。
わたしは賛成も反対もしなかったが、この時、侵攻作戦の最初の頃に漠然と抱いていた不安が確信に変わった。戦いは、こちらの大敗に終わるだろう。そろそろ自分の身の安全を考えなければならない。




