ご機嫌な伯爵
何だかすっきりしない気分で館に戻ると、そこで待ち構えていたのは、いつになく気分のよさそうな伯爵だった。
「カトリーナ殿か、はっはっはっ。あのカニングのバカがバカなりに頑張ったそうだぞ!」
伯爵は非常に酒臭かった。伯爵の隣では、ポット大臣が困った顔をして突っ立っていた。
「ポット大臣、これは一体どういうことなのでしょう?」
大臣によれば、早馬が「カニング氏が敵を蹴散らし、宝石採掘地帯の手前まで軍を進めた」という報告とともに、戦利品のオークの銘酒を届けたとのこと。伯爵が試飲したところ非常に美味だったので、ついつい一人で飲み干してしまったという。
伯爵は大の字になって、気持ちよさそうにいびきをかき始めた。ポット大臣もあきれ顔で、
「お休みになったようだ。かえって世話がかからなくなって、よかったですよ」
そう言うと、何をしているのか知らないが仕事に戻っていった。
「しょうがない人ね、この人も……」
わたしが伯爵の寝顔を眺めていると、プチドラは何やら見慣れない皮袋を口にくわえて持ってきた。
「これ、なに???」
「もう空っぽだけど、これがオークの銘酒。飲みやすいけど、本当は、殺人的にヤバい酒なんだ」
皮袋にはどくろマークと知らない文字が書かれていた。プチドラの説明によれば、オークの銘酒は、混沌の材料を秘伝の技術で醗酵させることにより作られ、エタノール以外にメタノール等の危険物も含む、常人は決して飲んではいけない禁断の美酒とのこと。こんなものを一人で飲み干すなんて、伯爵は大丈夫だろうか。
「それにしてもプチドラ、あなた、こんな怪しいお酒のうんちくをよく知ってたわね」
「うん、自分で言うのもなんだけど、アルコールに関しては少しうるさいんだ」
閑話休題、カニング氏率いる義勇軍は、今現在、都の北西方面の町を解放し、宝石採掘地帯の手前まで進撃しており、もう一方のゴールドマン騎士団長は、ゆっくりゆっくり南西方面に進軍中。この前の話のように、宝石採掘地帯を取り戻した時点での戦争終結を目指すなら、伯爵は今すぐにでも前線に向かうべきだろう。猪武者のカニング氏のことだから、宝石採掘地帯を占領すれば、きっと、押せ押せムードで敵の領域奥深くまで攻め込んでいく。酔っ払って寝ている場合ではないはずだ。
「でも、こんな時に酒に呑まれるなんて、伯爵も大した人物じゃないわね」
「そうだね。でも、今更どうして?」
「どうしてと言われても…… どうしてかな」
伯爵は、最初からカニング氏に対して腰が引けてたし、カニング氏とゴールドマン騎士団長の意見対立の調整もうまくできなかったし、この前の戦いで楽勝に勝てるチャンスを逃してたし、今日はだらしなく酔っ払ってるし、思い返してみると、今まであまりいいところがない。
「こうなったら本当に伯爵領を横領しちゃおうかしら」
「えっ!?」
「なんでもないわ。ただの戯れ。」
ドーンたちを手下にすることができたから、場合によっては本気で伯爵領を奪い取ることも…… でも、これはあくまでも可能性の話ということで。




