軍団は西へ
ウェルシー伯の軍隊は二手に分かれ、北西方面へはカニング氏率いる義勇軍が、南西方面へはゴールドマン騎士団長率いる騎士団・傭兵部隊がそれぞれ進軍した。
前線からミーの町の司令部へは、戦況等の報告のため、２、３日おきに早馬が走った。その報告によれば、これまでのところは戦いらしい戦いもなく進んでいるという。少数の敵部隊が散発的に抵抗する程度とのことだ。この前の戦いで、敵のゴブリン部隊とホブゴブリン部隊が壊滅したようなので、敵方も軍団の再建に時間がかかっているのだろう。
伯爵は、やはり戦況が気になるようで、いつも、早馬の到着を「まだかまだか」と待ちわびていた。
「伯爵、そんなにカリカリしても仕方ないですよ」
「分かっている。分かっているんだが、そうは言ってもね……」
意外と伯爵はせっかちなのかもしれない。
軍隊を送り出してから２週間程度たって、「義勇軍が、まとまった数の敵軍と遭遇」との報が届いた。その場所は、今は混沌の軍勢に占領されているが、もともと伯爵領の町だったところだ。義勇軍にはその付近の住民が多く、士気はますます盛んということだった。
「いよいよ戦闘か。勝ったのか？」
伯爵は、心配そうな顔つきで報告を聴いていた。報告によれば、本格的な戦闘はこれからとのことだが、しばらくの間はなんとかなると思う。
「伯爵、多分、混沌の軍勢に占領された地域の奪回は可能と思います。ただ、問題は、そこからですが……」
「それはどういうことかね？」
「義勇軍はその土地の住民ですから、自分の土地や家を取り戻すために必死に戦うでしょう。だから、しばらくは心配は要らないと思います。でも、そこを越えて敵の土地に攻め入るとなると、取るものを取って満足した後ですから、二の足を踏むのではないでしょうか。つまり、1回や２回の戦闘なら勝てるでしょうが、調子に乗ってどんどん攻めていくと、痛い目に遭うだろうと……」
「そうだな。そういうことも十分考えられる。そうすると、うーむ、どうしたものかな」
「宝石採掘地帯まで奪回した時点で、とりあえず進撃の一時停止を命じてはいかがでしょうか」
「ふむ……」
「そして、その後すぐに伯爵が前線を視察し、『これ以上の進撃は不要』という判断をして、作戦を中止してしまうのです。そうそれば、一応、国境線を以前のところに押し戻して戦争を終結した形になります。つまり、勝ち逃げです」
「そうだな。なにも敵の本拠地まで壊滅させる必要はないからな」
伯爵は何度かうなずいた。ともかくも失地回復ができれば、カニング氏を追い出す口実にはなる。わたしにとっても、このような展開になれば、ゴールドマン騎士団長への大嘘（ある程度真実が含まれているかもしれないが）がばれずに済み、都合がいい。ただ、伯爵はまだ知らないが、カニング氏と帝国宰相の密約（疑惑）という問題は、どうなるのだろう。
