闇夜のロマンス
わたしは伯爵と話をしながら、カニング氏と帝国宰相の密約を伯爵に告げるべきかどうか迷っていた。伯爵に教える義務も義理もないし、プチドラがこっそり盗み聞きしてきただけだから証拠もない。情報の出所をきかれたら、プチドラの正体が隻眼の黒龍だという話もしなければならなくなる。
「カトリーナ殿、どうなされた? 先ほどから黙りこくって……」
「いえ、ちょっと考え事を」
伯爵は心配そうにわたしを見つめていた。
「父上であれば、このような時、どうするだろうか」
伯爵は嘆息した。「戦の指揮に関して、自分が父の足元にも及ばないことに、内心、忸怩たる思いである」とのこと。そう言われても、人には得手不得手があるし、わたしがなんとかできるという性質のものではない。
伯爵にかける言葉が見つからないでいるうち、いつしか辺りは暗くなっていた。この日は新月。わたしの漆黒のメイド服は、周囲が暗くなるにつれ、闇に溶け込んでいった。
「カトリーナ殿、その黒いメイド服だが……」
「これですか。あまり人に言えるような話ではないのですが」
前にも同じことをきかれたが、いくらなんでも、ご隠居様のところで起こったことを正直に話すわけにはいかないだろう。
「そうか。そうだな。無理に話せとは言わないし、君の過去をいちいち詮索しようとも思わない。私としては、君が困っているなら力になれればと思っている」
「はあ……」
「君には亡き母の面影があるな」
伯爵の母上は、伯爵が子供の頃に亡くなったそうだ。乗馬が得意で、よく、伯爵を自分の前に乗せ、遠乗りに出かけたとか。ある日、遠乗りの最中、オークの小集団に襲撃を受け、母上は伯爵をかばって深手を負ったという。それでも母は強し、伯爵を守りながらどうにか逃げ帰ってきたが、その傷がもとで、間もなく息を引き取ったらしい。ご隠居様のところもそうだったけど、不幸な家庭は皆それぞれに不幸なものだ。なお、もうひとつ突っ込みを入れるとすれば、「この前はご隠居様のところでエリザベスに似ていると言われ、今度は伯爵の母上か」と。世の中には自分に似た人が三人いると言うし、エリザベスが伯爵の母上と同一人物という可能性も無きにしも非ずではあるが……
「冷えてきたな。館に入ろうか」
「はい」
わたしは伯爵について歩き出した。すると、伯爵は、不意に後ろを向き直り、わたしの肩と腰に手をやった。
「この戦いが終われば、その時は……」
伯爵は優しくわたしを抱き寄せ、そっと口付けを……




