キレる騎士団長
会場は、一瞬、「何事か」とざわついた。しかし、カニング氏の連れの人相の悪い男がギリギリのところで怒りをこらえ、ブツブツと文句を言いながら会場から出て行ったため、それ以上の騒ぎにはならなかった。やつれた魔法使いが急いであとを追った。
敵と戦う前に仲間割れをしているようでは、見通しは明るくなさそうだ。
「プチドラ、悪いけど、いい?」
「何?」
「あの人相の悪い男と魔法使いのあとをつけて、話を聴いてきてほしいの。一応めでたい壮行会でキレるなんて、普通じゃないわ。前は大したことなかったけど、今回は面白い話があるかもしれないわ」
「了解」
そう言うと、プチドラは姿を消した。
しかし、キレたのは、人相の悪い男だけではなかった。
「お……おのれ……、どこの馬とも知れぬ成り上がりの平民の分際で、誇り高き騎士団に対する侮辱の数々、いくら帝国宰相のお気に入りといっても、オレの忍耐にも限度があるぞ!」
ゴールドマン騎士団長は大音声を上げ、剣の柄に手をかけた。
「無能だから無能と言ったのだ。悔しかったら今度の戦いで証明してみろ!」
もう一方はカニング氏だった。
「やめないか! せっかくのパーティーが台無しではないか」
二人の間に割って入ったのは伯爵だった。伯爵でなければ、血を流さずにこの場を収めることはできないだろう。
「ちっ……」
騎士団長は剣の柄から手を離し、そそくさと立ち去った。軍の司令官がもう少しで斬り合うという大不祥事だ。館の中の関係者だけだったからよかったものの、町の有力者など、外部から人を招いていれば、伯爵の面目は丸つぶれだっただろう。
何だか先行き不安だらけだけど、こんな時は、とりあえず食べて気を紛らわそう。というわけで、デザートのプディングを口に運んでいると、伯爵がやってきて、
「カトリーナ殿、騒々しくて申し訳ない」
「いえ、騎士団長とカニングさんの仲が悪いのは今に始まった話ではありませんから」
「困ったものだな」
伯爵は、心なしか、憔悴しているように見えた。伯爵によれば、先ほどのトラブルは、カニング氏が騎士団長を「戦に勝てない無能な将軍」と挑発したことから始まったらしい。カニング氏は伯爵に「自分が皆の前でガツンと言ってやれば、騎士団長は『なにくそ』と発奮して、頑張って戦うようになるだろう。これは単に、発破をかけただけだ」と言ったそうだ。本気でそう思っているのだろうか。そもそも「なにくそ」という問題ではないと思う。




