白昼の喧嘩
大男の猛攻の前に、ドーン氏は防戦一方だった。
「オラァー、くたばりやがれぇー!」
と、大男が自分の体くらいの大剣をひときわ大きく振り上げたとき、奇跡が起こった。なんと、大男が剣の重みに耐えかねたように体を弓なりに反らせ、ふらふらと、二、三歩、後ずさったのだ。もちろん、ドーン氏がその隙を逃すはずがない。大男はわき腹に渾身の力を込めた剣を突き入れられ、その場で果てた。
ドーン氏の仲間からは歓声が上がった。そして、口々に「われらが大将」の勇気と技量を讃えた。しかし、彼自身は、「信じられない」といった顔つきで、大男の死体を見下ろしていた。なお、大男の仲間たちは、すぐに逃げ去ってしまった。
「さすがプチドラ、やるわね」
「この程度のことなら簡単だけど、回りくどいことするんだね」
「ええ。でも、これでいいのよ」
わたしはプチドラを抱き、路地から通りに出た。すると、すぐさまドーン氏の仲間たちがわたしを取り囲み剣を突きつけた。仲間は、先日会った連中とは別の人たちのようだ。ドーン氏がすぐに仲間を制し、
「やめろ。この人は俺の知り合いだ」
ドーン氏の命令で、仲間はすぐに剣を収めた。
「しばらくぶりです。ドーンさん、白昼堂々とゴリラ退治ですか」
「ちょっとしたトラブルでね」
ドーン氏は大男の死体を軽く蹴飛ばした。
「そういえば、カトリーナさん、傭兵暮らしはいかがでした? クソったれの伯爵様の軍隊が、『皇帝の騎士』の助けも得て、混沌の軍勢を蹴散らしたといううわさが流れていますよ」
「まあね。一応、勝ちは勝ちよ。ドーンさんは戦争でもないのに命がけの喧嘩じゃ、大変ね」
わたしは傭兵ではないし、「蹴散らした」のも誤りだが、面倒なので訂正はしなかった。ドーン氏によれば、今日の喧嘩の相手は、暴力的非合法活動のライバル(つまり対立する愚連隊のリーダー)だったらしい。ほんのささいなことがきっかけとなって、お互いにリーダー同士、しかも子分が見ている前なので退くに退けず、斬り合っていたという。ちなみに、ドーン氏の組織には、子分が数十人いるらしい。
「ところで、伯爵様って、『クソったれ』なの?」
「俺たちみたいな下層階級にとって、貴族は敵ですよ。『クソったれ』はその枕詞みたいなものでね」
ドーン氏は胸を張った。でも、ファンタジーの世界で階級闘争はないだろう。労働者階級の前衛というより、せいぜいルンペンプロレタリアートか。ただ、使いようによっては、意外と戦力になるかもしれない。
わたしはふと思い立ち、ドーン氏にそっと耳打ちした。
「ついでだから、今からそのライバルの事務所を急襲してみては?」




