混沌の尖兵
隻眼の黒龍によれば、ウェルシー伯領は帝国の西方の辺境地帯にあり、都のミーのほか、いくつかの都市を抱えているという。帝国の西方にいる混沌の勢力の動向を監視し、帝国への侵入を防止するとともに、付近の村々を防衛するために設置された要塞が、ウエルシー伯領の起源ということだ。それゆえに、歴代のウェルシー伯は、帝国の最前線として、混沌の勢力と絶えず戦争を繰り返してきたという。混沌の勢力とは、言うまでもなく、ゴブリン、オーク、オーガ等々、RPGでお馴染みのやられ役たちだ。
今回、ウェルシー伯が大量に傭兵を募集しているのは、数ヶ月前から混沌の勢力の大規模な攻勢にさらされ、戦況が厳しくなっているかららしい。都のミーの周辺まで混沌の軍勢が押し寄せてきているとの報もある。こんな状況で傭兵は危険だけど、その分、給料は高いだろう。
「見えてきたよ。あれがミーの町だ」
かわいいサイズになった隻眼の黒龍が言った。遠くの山のふもとに町並みが広がっていた。草原だから遠くはよく見えるけど、たどり着くまではあと何時間か歩かなければならないだろう。
「傭兵に採用面接みたいなのはあるの?」
「ないと思うよ。申し込めば即採用だろうね。でも、本気で傭兵やるの?」
「ほかに仕事はなさそうだし、仕方ないわ。適当に手を抜きながら、お金をためるつもり。あなたには期待してるからね。頼むわ」
わたしは子犬サイズの黒龍を抱き上げて言った。何というか、とってもかわいい。
「分かった。任せて」
黒龍は胸を張った。非常に抽象的な言い方をしたけど、理解できたのだろうか。ともあれ、いざとなれば、黒龍に本気を出してもらって火炎で何もかも焼き尽くすか、黒龍に乗って逃亡するだけだから、他の傭兵よりは負担も気分も軽い。
日は西に傾き、遠くの山の山陰に隠れようとしていた。日が暮れるまで町に着きたいが、微妙なタイミングだ。うまい具合に隊商でも通りかかってくれれば、ついでに乗せていってもらうけど、期待しても無駄だろう。
「少し急ぎましょう」
わたしたちが、早足で歩き出した、その時……
……ウキキキキィィィーーーー……
突然、黒板を引っかいたような耳障りな叫び声が上がった。そして、手に手に武器を持った合計10名程度のゴブリンやオークが、草むらの中から立ち上がった。わたしたちは気がつかないうちに包囲されていたらしい。